終わりとは、
突然にやってくるものだと知る。




自分の体の何十倍ものの大きさのあるトラックに跳ねられながら頭に浮かんだものは、今まで生きてきた思い出なんかじゃなくてただ1人の少年の顔だった。ああ、あいつならきっと。きっとあたしを見つけてくれる。そんなことを思いながらあたしの人生は終わりを告げる。血はドクドクと絶え間なく流れて、周りの人たちは何やら耳障りな声で何かを絶えず言い続けている。ぼやけた景色の中でひとつ、オレンジを見つけた。ああ、あいつだ。それからあたしは何をしようとしたのか、力の出ない手を持ち上げてあいつの方へ伸ばした。だけど、あいつのいる場所は此処からじゃ遠くてあたしからは届かない。あいつはただ、冷たくなっていくあたしを呆然と見ていただけだった。あたしの視界はもう暗くて、あいつがどんな表情であたしを見ていたかなんて、知らない。


そんなあいつと再び出逢ったのは、あたしが死んでからだった。あいつは変わっていなかった。あたしの生きていた頃と変わらない様子で話しかけてくれた。ただ、一言もあの時の事故の事になんて触れず、触れるのだ。あたしはあいつが、あいつだけがあたしを見ることが出来て、触れることも可能だったことを知っていたからあたしはあいつのところへ来たのだ。判っている。




「成仏って、どうすればいいの?」




あたしの一方的に投げかけた質問にあいつは困ったように判らないと答えた。やっぱり霊感があっても成仏の仕方なんて知らないか。あたしはあたしの遣り残したことを終わらせなければきっと成仏なんて出来ない。あたしには未練がある。だけど、根本的なあたしの、未練とやらがあたしには判らないのだからあいつにもわからなくて当然である。だけどあたしは何故だかそれでもいいとすら思ってしまう。あたしのことを見れて声が聴けて身体に触れられるのはあいつだけ、それはつまりあたしたちだけの世界というものが出来上がりつつあるのだ。それはあたしの一方的な世界観なのだけれども。


あたしが一度目の終わりを告げた時から、あたしは一度も眠っていない。あたしが眼を閉じると脳裏に刻み込まれた赤と、遠く離れたオレンジが浮かぶのだ。それは夢みたいなものだけど、それよりもずっともっと曖昧だった。何度も、手を伸ばし続けているけれど、オレンジのあいつは如何いう表情をしているのか判らないままあたしは目を開ける。あの感覚は好きじゃない。あの時の痛みは何度も蘇る。それはきっと幽霊となったあたしへの、潜在的な罰なのだろう。この世界に踏み止まっていれば、この感覚は何度も蘇る。消えることはない。未練が判らない今のあたしにとっての願いは、ただその夢のような感覚がなくなってしまうことだけだった。だけど、そうしてあたしが苦しみだすとあいつは心配してくれるから、それだけはなんだか特別な気がして、この痛みがずっと続けばいいだなんて愚かなことすら考え始めた。あたしは、人間は、欲望に忠誠なのだ。(あたしはもう、人間ではないけれど)

でも物事には全て終わりと言うものがやってくる。あたしは結局あたしの未練とやらが判らないままに、何時の間にか心を満たしてしまったのだ。グラスに注がれた水のようにきっと今は溢れて止まらなくなっている。一度目の終わりとは違う、穏やかな終わりである。この世界を離れるのはまだ名残惜しいような気もするけれど、あたしは満たされていてあたしが消えることを惜しいとは思わない。目の前で消えるあたしをあいつは一体如何いう表情をして見ていたかなんて知らない。だってあたしはもうほとんど原形をとどめてないくらいに消えていて、目を開けても閉じても回りは真っ白だったから。一度目の終わりと同じ、でも違う結末をあたしは迎える。あたしは最期に、生きていた時は結局一度も口に出せなかった言葉を紡ぐ。聞こえていたかは判らないけれど。




「好きだったよ、黒崎」








始まりの合図だ。
それはきっと、愚かなあたしへの




[2007/07/07]