生まれて初めて、爪にマニキュアを塗った。その赤い赤い血の色みたいなマニキュアは、わたしの白くて汚いその手に良く映える。本当に血の色みたいだけれど、血じゃなくてそれはマニキュア。赤いけど、赤いからマニキュア。そう思えば、少しだけ酷い安心感が生まれてしまう。今、わたしの爪に塗られているのは血じゃなくてマニキュアだ、というくだらない安心感だ。―――汚いけれども、それでもこの汚い手は、優しい彼を護ってきたわたしの勲章。 「……それは?」 「ヤだな。マニキュアだよ」 「…珍しいな、がマニキュアなんて」 「うーん。この前町でたまたま貰ったのよね。サンプル商品なので、使ってみてくださーいって」 「…………行ったのか、町に。無断で」 しまった。と思った。紅に鋭いところを突かれてしまった。紅はわたしや李厘が無断外出すると、怒り呆れ、そして最後に念を押すように「次はちゃんと報告してから外出しろ」と言うのだが、例の如くわたしと李厘は破りつつある。紅は甘いから。そして、今はまさに、その状況。 「心配するのが如何して判らないんだ、お前も、李厘も」 「……ごめんなさい」 「………まぁ、いい。次はちゃんと報告してから外出するんだな」 「はいはい」 「はいは一回」 ほらね、同じこと言った。全く、妙なところ神経質で心配性なんだから。まぁ、其処も好きなんだけど。それでもやっぱり不満なところはあったりもする。それからそんな紅を無視してわたしは、今度は足の爪に塗り始める。赤い赤いそのマニキュアを。それを横で紅が覗いてきた。その爪の先のマニキュアをじっと見詰めてる。 「ねぇ、似合う?」 「……あぁ。綺麗だ」 「嘘ばっかり。本当のこと言ってくれないんなら、怒っちゃうんだから」 紅とは結構長い付き合いな為、嘘吐いているか吐いていないかくらいすぐに判る。今更、お世辞なんていらないのに。優しい紅は、そうやって優しさを振りまきながら人を傷付ける。でも、紅は優しいから、その優しさは嬉しいから傷ついても知らない振りをする。今までずっとそうしてきた。彼に気付かれないように、ずっと。 「…悪い」 「いいのよ、別に。本当のこと、言ってくれれば」 紅は少し、後ろめたいような顔をしている。駄目だよ、そんな顔。折角の男前が台無しよ。それから紅は、わたしと目を合わせないまま目線をマニキュアに向けたまま、思ったことをそのまま言ってくれる。 「少し……似合わないと、思ったんだ」 「…如何して?」 「血の色みたいで、そんなものには似合わない」 そして段々と顔を挙げ目線が混ざり合ったその時、どちらからともなく口付けた。もう当たり前のような行為。最も、玉面公主様はそのことが気に入らないみたいだけど。そうしてしばらくして離れたキスは、名残惜しくてもう一度キスをしようとしたけど、やめた。だって、彼が的外れなこと言うんだもの、2回目以上はお預けなんだから。 「紅、わたしはね、たくさん…たくさんの血を浴びてきたの。」 「血を浴びてきたのは俺も同じだ」 「ううん、違うの。だって紅は優しいもの。出来れば殺したくないって、思ってるもの。でも皆を護りたいって思ってるから手を汚すのでしょう。だから貴方は、最高の王子様」 「………」 「でもわたしは違うの。わたしは誰かを護るんじゃなくて、ただ紅に血を浴びさせたくないから殺しているの。紅に血を浴びさせるくらいなら、わたしは喜んで自分から舞うわ。わたしはわたしの我侭で自分勝手な理由で、たくさん、たくさんの人間を殺すのよ。紅の代わりにわたしが血を浴び続ける」 「俺は、強くなる!だから、俺の代わりに誰かを殺すなんて、やめるんだ」 「…無理だよ。」 そっと抱き締めてくれる肩を少し押し返しながら、彼の言葉を否定した。だって、貴方は充分強いもの。優しいもの。わたしの王子様だもの。だから、誰も殺しちゃいけないの。でも、誰かを殺さなくちゃ玉面公主様に怒られてしまうから、わたしが代わりにたくさんの人を殺すのよ。血を浴びるの。真っ赤な真っ赤なその血を、彼の綺麗な髪とは似て異なるその赤を。 「紅がわたしたちの命を護ってくれるというなら、わたしは貴方の心や手を汚させないように、喜んで血を浴び続けるわ。」 貴方の為なら喜んで死にましょう。貴方の為なら喜んで殺し続けよう。貴方の為なら喜んで血を浴び続けよう。全ては貴方の為に。貴方だから。わたしは貴方の為なら、無常になって誰かを殺せる。三蔵一行だって、玉面公主様だって、貴方の為なら死んでも殺してやるわ。そうしてわたしは、貴方の心を、貴方の綺麗なその手に血を浴びさせぬよう、護るの。貴方がわたしたちを護ってくれるというなら。 そうしてわたしは、貴方に嘘を吐く。これも貴方の心を護る一環だから、許してね。 「でも、このマニキュアの赤は血なんかじゃないの。わたしの汚い手を少しでも綺麗にする―――わたしの大好きな紅の髪の色なのよ」 |
それでも貴方がわたしを愛してくれるなら、わたしは貴方の為に血を浴び続けるわ。
[2007/06/25] |