目の前にいるのは、私のクラスメイトで望美ちゃんの幼馴染で、味方で八葉で、敵で還内府の有川将臣くんだった。 夜風に当たろうと海岸へ出ただけなのに、如何してこんなところであってしまったのだろう。出来れば逢いたくはなかった。彼は、私の憧れではあるけれど、裏切り者でもあったから。ううん、裏切りじゃない。彼は最初から平家側の人で、私たちが源氏だってことを知らなかっただけなんだ。だって、望美ちゃんと剣を交えた将臣くんの顔は、驚きと戸惑いの色に染まっていたから。それでも、お互いは敵同士となると気まずいものがある。そういう状況になりうることは判っていたから、逢いたくはなかったのである。私より数倍頭の切れる将臣くんだって絶対そのことには気付いていたはずなのに、皆一緒に過ごしたあの頃と同じように飄々としている。 「よう」 「……」 「シカトか?…ま、当然か」 思わず手を強く握り締めて、眼を逸らした。シカトを、したいんじゃない。本当は色々なことを話したいよ。でも、何を話していいかわからない。今更、何を話そうというんだ。何を話せばいいんだ。敵である、還内府と。もう、ただのクラスメイトのバカみたいに明るい男子じゃない将臣くんと。将臣くんは、波打ち側に立っている私に近づいて、強く握り締めていた手を乱暴に取り上げた。 「ま、将臣くん?」 「あーなんつーか…わかってんだよ。シカトしたいわけじゃ、ねぇんだよな」 あの頃と何も変わってない、笑顔。バカ、私のバカ。喋りたいのに、言葉に出来ないなんて。将臣くんがいなくなってから、皆と過ごした日々のこと。将臣くんが還内府だとしても、将臣くんは将臣くんで、憎んだりなんかしてないこと。将臣くんが、ずっと私の憧れだったこと。敵同士でもなんでも、友達として誇りを持ちたいこと。言いたいことはたくさんあるのに、ちっぽけな私のちっぽけな言葉になんか収まりきらなくて、わけもわからなくて、代わりにとでも言うように私は泣き出してしまった。子供のように泣き声を上げて、私の頬を伝った塩水は海水に浸っていく。将臣くんは泣いている私を見て何も言わないで、ほんの少し私の腕に絡み付いている手を緩めて、でも決して離したりなんかしなかった。優しさ、なんだろうか。それとも性分?どっちでもいいや、そんなところも私の憧れ。 気がついたら、私と将臣くんは砂浜に座り込んでいた。波が打って水が跳ねて、少しだけ服を濡らし、風が寒さを運んできたけれど、そんなこと気にならなかった。 「ねえ、将臣くんは、戻らなくて大丈夫なの?」 「ああ。…は?こんな夜遅くに還内府と一緒にいたなんて知られたら、ヤバイんじゃねぇか?」 「如何して?」 「如何してってそりゃあ、」 うん、将臣くんの言いたいことは判るよ。でも私ももう大分落ち着いてる。夜も大分遅いし、散歩に行って来るって言ってまだ帰って来ないとなると皆が心配する。心配して探しに来られて、将臣くんと一緒なところを武士たちに見られたらきっと大騒ぎだ。だけどね、私は私のやりたいように、思ったとおりに動いているんだよ。きっと世の中がそうじゃなくても、理不尽なことばかりでも、ちっぽけな私は、ちっぽけな言葉を胸に抱いて生きてるの。将臣くんだってそう。自分の思ったとおりに、思った道を進めている。それが、例え私たちと対立していても。だからね、平気なんだよ。 「今、私の隣にいるのは還内府じゃなくて、私のクラスメイトで望美ちゃんの幼馴染で、八葉の有川将臣くんだよ。私が私の友達に逢うことに何か問題はある?」 「…ねぇな」 「だったら、いいじゃない。もうちょっとだけ」 もう少しだけだから、私の我侭を聞いて。平家の還内府なんかじゃなくて、あと少しでいいから私の友達で憧れの将臣くんでいて。明日になったら、ちゃんと戦えるように。 友 は、 敵
明日の になる
[2007/06/15] |