CLOSE
the door






この扉の向こうに隊長がいるかと思うだけで、私は胸の鼓動が早まる。その扉を開けるのは物理的には簡単で、でも心理的には難しかった。他の扉とはさして変わりないはずのに、開けようとすると重くて無駄に力を入れてしまう。


隊長は何時も怒ってばかりで、私より年下なのに何故かちょっと怖くて最初は苦手だった。怒られたり注意されること自体が苦手な私は、隊長に叱られないためだけに必死に書類を片付けて、提出するたびに怒られないか酷くドキドキしていた。少なくとも、あの頃はこの部屋の扉はこんなに重くは感じなかったはずだ。ただ少し、怒られないかという杞憂で憂鬱な気分ではあったけれど。そんな私の、隊長への意識が変わった瞬間は実にベタであった。簡潔に言えば私は一匹の虚に隙をつかれて襲われていたところを助けてもらったのだ。その時は怒られると思ってビクビクしてしまったのだけど、ただ一言、隊長は「無理すんな」とだけ言って、その虚を瞬きする間もなく倒してしまった。隊長は目つきも悪くて怒鳴ってばかりで怖くて苦手な人ではあるけれど、きっと悪い人ではない。そして、扉が重くなったのはその日からであった。


今日もまた、扉は重い。そんな重い扉を開けば、山積みの書類が眼に入った。うわあ。見ているだけで鬱になりそうな量。書類整理というものがどちらかというと好きなほうに部類する私でも、たぶんこの量を見たら副隊長のようにサボりたくもなる。その山積みの書類をぼうっと見ていると隊長に声をかけられた。私は慌てて返事をする。




「た、隊長。書類整理、全て終わりました」
「ご苦労だったな、。今日はもう帰っていい」
「え…でも、隊長。まだこんなにあるじゃないですか」
「…ああ、これは松本の仕事だ」
「……副隊長は?」
「サボりだ」




心なしか隊長が怒っているように見える。当たり前か、副隊長がまた仕事サボって何処かへ出かけているようだから。あんな風に堂々とサボっているのは副隊長くらいだ、肝が据わっているというかなんというか。怒られるのが怖くないのか。苛々したように眉を寄せて、目の前の書類を次々と片付けていく隊長を見て、つい見惚れてしまう。子供、だけど。綺麗な顔をしていて、威厳があって。変に、ドキドキしてしまう。ふいに、隊長は顔を上げて視線は絡み合う。なんでもない仕草なのに、何故か心臓が跳ねる。




「おい」
「は、はい!ななんですか、たた、た、隊長」
「用がないならさっさと帰れ」




きつい、きつい一言である。そうだ、そういえば私は自分の仕事を終わらせてそれを隊長のところまで届けに来ただけだった。時間までにしっかりと記入漏れのないように、怒られないように必死に頑張ったのに、今此処で私は自分の努力をパーにしてしまった。怒られることはやっぱり苦手。落ち込んでトボトボと帰りながら、もう一度あの重い扉に手をかける。だけど扉にかけた手は動かすことはせず、私の横の定位置に戻す。それから振り返り、隊長の方をしっかりと見る。大丈夫、怒られない。怒るようなことは言うつもり、ないから。




「た、隊長。手伝います!」
「気を使わなくていい。これは松本の仕事だ」
「そ、そうじゃなくて。あの、その…わ、わたしが、手伝いたいんです」




「書類整理は、どちらかというと好きですから」と続けて言うと、隊長はしばらく私を書類を交互に見て、「そうだな。どうせアイツも戻ってこないだろうし…頼む」と。適当な量の書類を受け取り、何故か嬉しく感じてそのままはにかんでギュッとそれを抱きしめる。そんな私を見て、隊長は不思議そうな顔をしている。そんな隊長の顔を見たらハッと我に返り恥ずかしくなって、隊長に背を向けて、「そ、それじゃあ、やってきます!」と即急に部屋を出て行った。開けた時、扉は軽く感じた。それから気付く。今開けた時に軽かったのは、きっと恥ずかしさから早く出たいと思ったから。書類を受け取った時に嬉しく感じたのは、少しでも隊長の役に立てると思ったから。手伝いたいと思ったのは書類整理が好きだからじゃなくて隊長と少しでも長く話す口実。隊長の部屋に入るのにドキドキするのも、隊長に怒られるのが怖いからじゃなくて。扉が重いのは、隊長の顔を見たいような、見たら胸のドキドキと綺麗な顔に取り込まれるのが怖いような、無意識の葛藤のゆえ。そう、私は隊長に助けられたあの時から、きっと、




「隊長が、好き………なんだ」












OPEN
my heart
[2007/06/02]