初めて人を殺めた時のことは今でもはっきり憶えてる。その頃はマフィアに成り立てで、まだ子供だった私は目の前に死んだ人間に戸惑いながら、泣くことしか出来なかった。私の手の中をサラサラと通り抜けていく相手の血は、気色が悪かった。先ほどまで暖かかった体温はどんどん冷たくなっていき、それは余計に私を苦しめる。人が死んだことに哀しむほど私の心は純粋じゃない。ただ、自分が犯罪者の一味として人を殺してしまったことが哀しいのだ。人は所詮自分勝手にしか生きられないのだ。私は私のことしか考えていない。そして私は涙を流した。本来ならば、証拠を残さないためにもすぐに立ち去らなくちゃならないのに、私はただ、私のお気に入りのシャツに付いた血について、せめて声だけは殺して泣くことしか出来なかった。 ザッと足音が聞こえた。もしかして人が来たのか。例え、人通りの少ない道で時間帯が真夜中でも、人が来る可能性は0ではない。誰かにこれを見られたのなら、逃げられる前に殺らなければならない。涙を無理に拭き取って、振り向いたら苦笑いして立っているボスがいた。ボスはその頃私と同じ子供で、でも私より純粋だった。「泣いてもいいんだよ」「泣きません。ボスは、わかんないかもしれないけれど、私は汚いんです。そんな汚いところ、ボスには見せたくありません」ボスは優しいから、私がそう言えば無理に強要したりはしなかった。ボスは涙を流していた。きっと、私が泣いてる理由とはまた違う涙なんだろう。ボスは純粋だから、きっとこの人の死を泣いているんだ。ボスは純粋で弱くて、でもとても強い人。私はそんなボスの涙につられて再び泣くことを始めた。それから、暫く、人が来るかもしれないと言うのに私たちはその場に立ち止まって、ただただ、泣いていた。それでもボスは私の涙を見まいとそっぽを向いて。 それから、何年も時が過ぎていき、ボスも私もどんどんマフィアの色に染まっていった。私はたんたんと人を殺し、私の手は汚れすぎてそんなことでは泣けなくなった。ボスは本来のマフィアのボスに近くなったけれど、根本の純粋で優しいところは何一つ変わっていなかった。敵の死にも、味方の死にも同じくらいの哀しみを背負ってそれでも懸命に生きていた。「ボス。」「ん?」「ボス。私は、一生ボスについてきます」ボスはただ、笑っていた。それは約束。ボスは私の憧れだった。こんなお先真っ暗の世界の中で、唯一の白い心を持った人だと思う。だからこそ、私はついていこうと言ったのだ。ボスはただ笑っただけだったけど、それは確かな約束。それだけが荒んでいく心を溶かす唯一の光だった。 人は死ぬ間際になると、頭の中に走馬灯のように今までの思い出とやらを流すという。別に私が死ぬような危ない目に今現在遭っている訳ではない。ただ、目の前で眠っているボスを見て、ふと思い出したのだ。ボスはそんな人間だった、ボスはそんなボスだったことを。 「如何して死んでしまったんですか、ボス」
死んだ 約束 [2007/05/24] |