「あー…宮城くんだ。元野球部員エースで故障しちゃってやめちゃった宮城くんだ」 説明めいた口調で俺を指差して暗闇の中で女が言った。暗いのでよく顔は見えない。だけど声には聞き覚えがある。女は俺の周りにある(いる)現在気絶中の男を気にしないで俺の方へ近づいてくる。こんなものを見ておいて普通に話してくる女なんて、俺の周りには一人しかいない。たぶん、同じクラスの、 「?」 「まーた派手にやったねぇ」 「うっせぇ。人を指差すな」 「あ、ごめんごめん、失礼ぶっこきました」 はケラケラ笑いながら俺の背中を叩く。ビリビリと電流が走るような感覚で、思わず顔を顰めるとはそれにやっと気付いて「あ、ごめん痛かった?」などと言っている。あー、痛かったよ。なんせさっき背中やられたばっかりだからな。同じクラスで仲はどちらかと言うと良い方とはいえ、手加減くらいしてほしい。女に手ぇ出すわけにもいかないから、思わず一番近くに寝転んでいた奴の腹に蹴りを入れてやる。(こんなとこで寝てんじゃねぇよ)(あ、俺がやったんだっけ) 「こらこら、宮城くん。駄目でしょ、いくら不良さんとはいえ八つ当たりはいけません!」 「んなことより、はこんなとこで何やってんだよ」 「友達んちで遊んでたら暗くなっててさ!暗いから迷子になっちゃって」 「へぇ、大変だな」 「うーん、不良さんほど大変ではないよ。宮城くんは絡まれたの?それとも呼び出し?」 「前者」 「ま、どっちにしてもさ。喧嘩するなら派手に素手で!がいいよね。青春青春♪」 普通「喧嘩しちゃいけない」みたいなことを言わないか?変な奴。変な奴だけど、案外嫌いじゃない。この無駄に明るいところや遠慮のないところは話していて楽しいし、こっちも遠慮しなくていいから楽だ。野球部で故障した時も周りの薄っぺらな連中は「残念だったね」「また次があるよ」「頑張って」なんて慰めばかりだったけれど、その中でだけが「故障?大変だね。…うん、でもあたしには関係ないから。一人で勝手に落ち込めば。……え?慰めの言葉でも欲しいわけ?んな故障くらいで落ち込んで慰めてもらうようならいっそ野球やめちゃえ。どうせすぐ治るんだからそれまで別のところでも鍛えたほうがマシだって」とかなんとかなんともシビアな台詞をぶちかましてくれた。普段はあの明るさのため、こういう一面を知ったときは驚いた。(つーか、ビビった)結局の言うとおりに野球はやめたんだが、その直後、「あ、やめちゃったんだ。…そんなこと言われなくたって判ってるよ!あたしに言われたことじゃなくて、ちゃんと自分で考えた結論なんでしょ。うん、まぁそれならそれでいいんじゃない?…野球してるとこカッコイイから人気あったし、あたしもそのファンの1人だったからちょっと残念だけどね。……え?今の?いや、うん別に他意はないですよ、…うん」…最後の方、ちょっと顔が赤くなっていた。やっぱり変な奴だ。 「あ、宮城くん帰るの!?」 「ああ、お前も気をつけて帰れよ」 には背を向けてバイクのある方向へ歩き出す。が、進まない。後ろで何かに引っ張られているので振り向いてみたら、自分のより遥かに小さい手が俺の服の袖を掴んでいた。「いや、うん、あのですね、宮城くん」しどろもどろになって話している、やっぱり変。いや、変なのは前からだけど。それから意を決したように息を吸い込んでから、赤くなった頬の肉を動かして俺に言う。 「あのさ…言ったでしょ。迷子になっちゃったって」 「…?ああ」 「だからね…こんな時間に、迷子の女の子を1人で置いていったら、きっと強姦だか人質だかにされちゃうんですよ」 「……はぁ?(人質?)」 「だから、うん…その、」 「はっきり言えよ」 「う……後ろ乗せてって言ってんのっ」 俺が野球やめたことを知ったときと同じような顔をしてよく判らないけど必死に訴える。「このまま宮城くんが帰ったら、きっと此処に寝転んでる不良さんが突然起き上がってあたしを人質にまた宮城くんに絡むよ!もしくはあたし強姦されちゃうかも、可愛いから!だから後ろ乗せて送って!」「いや、んな物好きいねぇって」「なんだと、失礼な!」先ほどと同じ場所を同じように叩かれた。おい、今度はわざとだろお前。思わず睨むとビクッと肩を震わせてから捨てられた犬のように「ごめんなさい…そうだよね、迷惑だよね」と一言。あーもう、面倒臭ぇやつだな!服の裾からの手が離れたところで腕を掴んでそのままバイクのあるほうへ向かう。それから俺はヘルメットをつけてバイクに跨って、もう1つあるヘルメットをに押し付けた。は驚いたような顔をしながら、俺とヘルメットを交互に見やる。 「ほら、乗るんだろ」 「―――流石宮城くん!やっさしい〜」 「うっせぇ、置いてくぞ」 「いやはや、謝花さんに悪いねぇ♪」 悪いなんて思ってねぇだろ、お前。楽しそうにバイクの後ろに跨るを見てから、まぁこんなのもいいかと思いながら、夜の街にバイクを走らせた。 夜を走る [2007/04/22][みゆき様へ!] |