愚かで醜い僕らを
眠るように死んだ彼をあたしは見つめることしか出来なかった。変な気分だ。言葉なんて出なくて、力なんて出なくて、涙なんてもの出るわけがなかった。最愛の人を失くしてしまったから?ううん、それだけなんて思わない。あたしが何よりも悲しんでいるのはきっと、限が死んだことよりも、限がもう生きる気をなくしていたことだった。満足だ何て言わないで。たった14歳のくせに人生悟った気でいるな。あんたの人生はまだまだ長かったんだから、14年なんかで満足するな。どんな理由があろうとも、あたしはせめて最期くらいはもがいて欲しかったのだ、限に。生きたいと一言でいいから言って欲しかったのに、なんでよこの馬鹿。そうすれば少しくらいはあたしだって救われたのに。 「ああ、なんだあたし…」 ただ救われたかっただけじゃないか。理由を後付して全部限のせいにして。きっと限が生きたいと言ってもがいてから死んでも、あたしはきっと別の理由を用意して限を責めるんだ。なんて弱いあたしなんだろう。あたしは限がいなくちゃ何も出来ない、ただの女の子なんだ。そんなか弱い女の子を残して死ぬなんて、卑怯だよ。苦しいよ、助けてよ限。馬鹿、馬鹿限。あたしを置いていくな。 「……、帰ろう」 「いやだ」 良守があたしの服を掴んで言ったけど、あたしは同意しない、出来ない。今あたしが此処を、限のいた場所を離れたらもう二度と限のぬくもりを感じることが出来なくなるの。あたしは一生此処を離れたくない。限と一緒にいたいんだ、それは死んでしまってからでも。あたしの気持ちを知っているはずなのに良守は、服を掴んでいた手を離して、力強く腕を握るのだ。何よ何よ何よ、引き離す気?良守だけはあたしのこと判ってくれると思っていたのに、全然判ってくれないじゃないか。所詮はただのガキんちょか、ただの他人か。やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて。あたしを限から引き離さないで。 「…っはなして!」 「嫌だ、」 「限とあたしを引き離さないで、お願い。あたしは限の傍にいたいの」 「眼を覚ませよ、!限は、もういないんだ。此処にも、の傍にもいないんだよ!」 「此処にいるよ。良守には判らないの!?」 あたしがそう言っても良守は哀しそうな顔をするだけで、でも腕の力は弱まらない。一応男である良守の力になんて、女のあたしには適わないものだからあたしはあっさりその場から引き剥がされてしまう。あたしの頭に響くはあの愛しい限の声じゃなくて、もっと子供っぽいけど凛としていてしっかりあたしを諭すような良守の声だった。 「」 「……」 「これ以上あそこにいたら、が死ぬから、」 「…あたしは、限のいない世界なんて(考え付かない)」 「俺が嫌なんだよ!」 「え?」 「限がいなくなったのに、まで死んでほしくねぇんだよ」 哀しそうな顔は、何時の間にか泣きそうで泣かない顔に変わっていた。あたしの瞳の奥はもうずっとずっと限しか映されていなかったのに、其処には何時の間にか良守が映されていた。真っ直ぐで、あたしの何もかもを貫き通す目。涙なんてもう溢れないと思ってたのに、そんなことすら忘れてしまうくらいに涙が溢れていて止まらない。それはあたしの顔を、服を、それから良守の手すらも濡らしてしまった。グチャグチャとなった顔なんて年頃の女の子であるあたしは見られたくなかったのだけれど、そんなことに気を使う暇がないくらいに泣いてしまった。 あたしは何時までたっても弱虫のままだ。限が死んだら適当な理由を押し付けて限の責任にして、限がいなけりゃ生きていけないとまで言っても泣かないままでいて。死んだら嫌だと言われた瞬間に、嬉しさと哀しさが舞い上がって泣いちゃうような弱くてズルいあたし。本当に馬鹿なのは限でもなくて良守でもなくてあたしで、あたしはズルくて醜い生き物なんだ。きっと、神様がこんな醜くて汚らしくてしょうがないあたしに罰を与えるために限を奪ったのだと思う。だってあたしは、限が死ぬまで自分が此処まで醜いことに気付かなかった。神様が気付かせようとしたんだ、罰を与えるために。そうしてあたしはそのことに気付いて、傷ついている。本来ならば、限の死を哀しむべきあたしなのに、ただ自分が可愛いだけなんだよ。良守の単純な言葉はあたしの心をあっさりと突き動かす。あたしは意思の弱い人間だから。 |
神様は見ている
[2007/03/17] |