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海の上に浮かぶ。まっさらな青。青い海に青い空、秋に入りかけたこの季節に遊泳はちょっと寒いけど気にしない。ああ、気持ちいい。人魚姫っていつもこんな気持ちで泳いでいたのかな。ずっと海に住んでるものだから、きっとこの肌寒さは感じないのかも。それとも人魚の国にも季節と言うものが存在して、冬はやっぱり寒いのかな。そしてそれが当たり前で。何も私たちと変わらない生活を送ってる。ああ、愛おしい。あんなに純粋だった人魚姫、泡になる苦しみなんて知らないけれど愛おしい人のために其処までする姿は美しく気高いと私は思う。 「栞ー!何時まで泳いでんだよっ!」 「楽しいよ。悟空もおいで」 「寒いじゃんっ!」 「その冷たさがいいんじゃない」 それでも悟空はあまりにも文句を言うので(当然か、私が泳いでいる間悟空は暇で仕方がないんだもの)、海を上がって砂浜に歩いていった。服のままで入ったから張り付いて気持ち悪い。入らなきゃ良かった、と泳いだことに対しての初めて後悔した。そして悟空の隣に立って、海を見る。遠い遠い水平線。綺麗なものは好きだな。それから暫くすると、悟空が「あのさぁ」と声をかけてきた。私は視線を悟空のほうへ向ける。 「なんで、海に来たんだ?」 「突然泳ぎたくなったの」 「寒いのに…」 「だって人魚姫読んだら泳ぎたくなるでしょう、普通?」 「ならねぇーし」 本屋で見つけた懐かしい絵本、「人魚姫」。シンデレラや眠り姫みたいなあまりに都合の良すぎるハッピーエンドよりも、人魚姫みたいに相手を愛おしくてたまらなくなるような綺麗な本のほうが私は好きだ。人魚姫は好きだ。何時までも切なくて気高く美しい。私が海に向かって愛おしそうな瞳を向けていることに気付いた悟空は、不貞腐れたように言う。 「栞って、時々訳わかんねぇ」 「そう?」 「だってさー…人魚姫って最終的には泡になるんだろ?なんか、悲しいじゃん」 「その悲しさと切なさがいいんじゃないの。まぁ、子供にはわかんないか」 「俺、ガキじゃねぇしっ!!」 「まだまだガキんちょでしょ。………そのうち悟空にも判るわよ」 私よりほんのちょっとだけ高い位置にあるその頭を軽く撫でて言うと、少し頬を赤めてさらに不貞腐れる。もう、そんな顔したって可愛いだけじゃない。ああなんて愛おしい人。可愛い人。私はそんな悟空が好きなんだ。茶色い髪の毛は私の指の間を通り抜けていく。冷たい私の手にはとても心地よい感触。あ、でも濡れた手で触られる悟空にとっては気持ち悪い感触かな? 「でも、……やっぱ、俺人魚姫嫌いだ」 「……………」 「好きになったヤツにはさ、好きになってほしいじゃんっ。死にたくないし、相手も殺したくなんかないし…声が出ないんなら別の方法で伝えるしっ!」 「如何やって?」 「うっ…そ、それは……わ、わかんねぇ…」 そう言って悟空は目線を私から海に逸らした。キラキラ光る海、真っ青で眩しくて美しく気高い。私はその濡れている手で、悟空の右手をそっと握った。悟空は一瞬吃驚したようにこっちを向いたけれど、そんな悟空に対してにっこり笑うとさらに頬を染めてもう一度海のほうを向くのだ。 「悟空がいくら嫌いでもね、私はやっぱり人魚姫が好きだなぁ」 「…………」 「自分が死んでもいいって思えるくらい好きになれる人がいるって素敵じゃない?」 「…………栞にはもう、そういうやつ…いんの?」 「いるよ。でも、絶対教えてやんない」 繋いでいる手をさらにギュッと握った。…やっぱり寒いわね。私の全身を撫でる風は私を奮い立たせる。固まったままの悟空をよそに、悟空の手を引っ張りながら海に背を向ける。私が絶対教えないのは、この想いが旅の重荷になったら嫌だから。今の関係が一番好きなんだもの。つい言っちゃって気まずくなったり、恋人になったりしちゃったら私たちの関係全てが変になってしまうから。それに、伝えないままで愛し続けて誰かに殺されるのも―――案外嫌じゃないかもしれない。私は最後まで美しく気高くありたいんだもの。無謀な願いでも。 私の頬を伝ったのが、海の雫なのか涙なのかは、もう私には判らないままだった。 |