私が生まれて初めて作ったチョコレートは、決して美味しそうとは言えないものでした。ついうっかり、そのまま火をかけるわ、直に水の中へ突っ込むわ、飾り付けはへったくそだわで、譲君には大変な迷惑をかけてしまった。(さらりと「先輩より酷いですね」と言われても何もいえないわ)それでも、あげたかったんだよ。ちょっと遅い初恋で、さり気に歴史の教科書の登場人物だったりする人で、私のことを恋愛対象として入れてなくても、私の気持ちだけでも一杯詰めたチョコレートを。だけど、 「流石にこれは…あげられないよね…」 美味しそう、とは絶対に言えない私の手作りチョコレート。折角のバレンタインなのに。これなら普段からお母さんと一緒に料理しておけばよかったと後悔しても、今となってはもう意味はない。だって、今日は14日で、チョコレートはもう在庫を切らしていて、唯一焦げていないチョコレートは、カタチは在り来たりのハート型なのに病原体みたいなカタチをしている。こんなんじゃあ、渡せないよ。私が落胆していることに気付いた譲君は、必死で私を励ます言葉を探し出してくれてるけど…いいよ、いいよ。下手くそなのは本当だから。 「さん。大事なのは気持ちなんですよ」 「どんなに沢山気持ちが詰まっていても、こんなんじゃ無理だよ」 「でも…」 「ごめんね、譲君。作り方教えてくれて有難う」 私はそうお礼だけ言い、そのキッチンから離れて行く。譲君、本当にごめんなさい。そう心の中でもう一度謝ってから廊下に出ると、バッタリチョコを渡す相手である九郎さんに逢ってしまった。思わず、「ギャッ」と声を上げて(もっと女の子らしい声は出せないのか自分)九郎さんから逃げ出すが、流石の反射神経の良さ、あっさり九郎さんの手に腕を掴まれてしまった。 「人を見るなりなんだ、その態度は」 「ご、ごめんなさい…吃驚しちゃって」 「……まぁ、いい。それより、焦げ臭いが何かあったのか?」 九郎さんのその言葉に私は思わず口を閉ざす。い、言えない。この焦げ臭さは私の失敗チョコの匂いだなんて。急に口を閉ざした私を見て、九郎さんは不思議そうな顔をしている。なんとか誤魔化さなきゃ、と思いつつも焦っていて良い案が浮かばない。そもそも、そんな風に誤魔化しても九郎さん相手だったら通用、しないよ。素直に言えばいいのだろうか。『貴方のために作っていたチョコを焦がしてしまったんです。』…とてもとても、恥ずかしくて言えるわけがない。 と、其処で救いの神の譲君がひょっこりリビングから顔を出してくれた。よ、よかった!これで多少話は誤魔化せる! 「さん、チョコを台所に忘れてましたよ」 「ちょこ?」 救いの神じゃなくて、墓穴の閻魔大王ですか、貴方は。 まさか渡す相手の九郎さんがいるとは思わなくて譲君は驚いて、それから私を見、眼でこっそり謝ってリビングに戻った。ううん、私がチョコを忘れちゃったのが悪いんだもん、しょうがないよ。だけど、謝ってすぐ逃げるようにリビングに戻らなくてもいいでしょう、譲君。チョコという単語に何か気になることでもあるのか、九郎さんは腕を組んで考えている。よし、この間に逃げようと私はこっそり背を向けようとした瞬間、「ああ!」と九郎さんが何かを思いついたように言った。あまりにも不意打ちだったので私は逃げるタイミングを失って、そのまま九郎さんが続ける言葉に耳を傾けていた。 「そういえば望美が言っていたな。今日はこちらの世界ではばれんたいんという日だと」 「…は、はい」 「確かちょこれいとと言う菓子を世話になった者へと渡すと聞いたが、それは誰に渡すんだ?」 今、目の前にいる貴方なんです。なんて言葉全く出てこなくて、私は必死に言葉を出そうとしているのに、顔が赤くなって心臓の心拍数がありえないくらい上昇して、声さえ出なくなる。駄目だ。こんな歪なチョコレート、九郎さんに渡せないよ。そう思って私が次に出した言葉は、言いたかった言葉とは全然違うもの。 「お…お父さんに、です」 「の父上殿か。いい心がけだな、きっと喜ぶ」 なんて詰まらない嘘を吐いてしまったのだろう。目の前の人はその嘘を信じて、笑顔で、私の頭をポンポンと叩いてくれる。多分、心から言っているのだろう。…お父さんにだって、毎年あげてるにはあげてるけど。買ってきたものだもの。手作りチョコは、九郎さんに渡したかったのに。そうこうしているうちに、九郎さんは私から離れて行ってしまっている。ああ、このままじゃ不味い。渡せないまま私は終わってしまう。変な嘘吐かないで、正直に言わなくちゃ。私は九郎さんの後を追って走り出す。そして、九郎さんの服の袖を掴んだら、九郎さんは驚いたように振り向く。 「ご、ごめんなさい。嘘を…吐きました」 「嘘?」 「はい。私……わたしは、九郎さんに渡したかったんです」 「……」 呆然としている九郎さんに、綺麗にラッピングされているチョコを押し付けた。ああ、もう。当たって砕けろ、だ。だって、初めて作ったチョコレートなんだもん、不味くても歪でも、やっぱり好きな人に食べて欲しい。…チョコを作る前に思っていたことをスッカリ忘れていた、あまりに自分の作ったチョコが酷いせいで。ううん、そうじゃない。きっと自信がなかったんだ。あんなに張り切って、どんなに失敗しても頑張ろうって思っていたけれど、現実は簡単じゃなくて上手くいかなくて私は逃げていただけだったんだよ。ああ、九郎さんに押し付けている手が震えている。受け取ってもらえなかったら如何しよう、イラナイって言われたらきっと泣いてしまう。だけど、そんな考えとは裏腹に九郎さんは素直に私のチョコを受け取って、笑って「有難う」と言ってくれた。私はそれが嬉しくて、つい、沈んでいた気持ちを忘れて笑顔になる。嬉しい。凄く嬉しい。好きな人の一言ってこんなに重要だったんだ。私の力の源で、こんな1つ1つのことに突き動かされている自分が凄いとすら思う。やっぱり私はこんな九郎さんがとても、好きなんだ。 届け、歪で不器用な 愛! 後日談 「先ほど九郎さんに聞いたのですが、…九郎さん、『好きな人』としてじゃなくて『お世話になった人』としてさんからチョコを貰ったと思っていましたよ?」 「……うそっ!?」 [2007/02/10] |