私は水の中にいる。水の中にいるのに苦しいとは思わない。冷たいとも、寒いとも思わない。周り、三百六十度全て青、青、青、青、青。飽きるくらいの青。私の身体は沈んでいく。浮き上がろうとなんてしない。力が入らない。入れようとも思えない。なんで、だろう。このままじゃ私死ぬのに。こんな風に水の中に沈んだら、何時かは死ぬのに。ただ、伸ばすは手。天井に伸ばす手。水の中で、水面には届かない。そうして私は、青の中に溶け込むようにゆっくりと瞼を閉じた。












「…い、…!……!!」




私を呼ぶ声が聞こえて、私はゆっくりと瞼を開く。行き成り入ってきた光に眩しさを覚えて、それから自分が今如何いう状況に入るのか理解は出来なかった。風が私の身体を撫でて、それはとてつもなく寒くて冷たかった。それから喉に水が引っかかっていて、苦しくなってゲホッと水を吐き出した。苦しいと、寒いと、冷たいと考えた私、今、感覚がある。




「馬鹿かお前はっ!!あれほど、滑るから気をつけろと…」
「…く、ろう…さん?」




私の顔を覗き込んでいるのは、怒っている様子の九郎さん。私はそっと、手を伸ばして九郎さんの頬に触れる。濡れてるけど、ちゃんと人の体温を感じる。私、生きてる?




「おいっ、聞いてるのか!?」




何でだろう、こんな風に怒られているのに生きていることが嬉しくて涙が出てしまう。私は何か変だ。段々はっきりしてくる意識、それと共に九郎さんと湖へ遊びに来ていて、足を滑らせて、転落してしまったことも思い出した。さっきのは私が湖で見た現実?それとも気を失ってから見た夢?




「九郎さん、…」
「…なんだ」
「わた、し…こ、わかったです」




そう、怖かった。さっきのことが夢だとしても現実だとしても、私は死に掛けていて、生きることに希望を持っていなくて、すごく怖かった。死にたくない。死にたくない。心の奥ではそう思っていてもそれは無意味なくらいに否定されて、私は水の中に落ちるのだ。九郎さんの衣をギュッと掴むと、それは濡れていた。九郎さんが私を助けてくれたんだ。それはきっと事実。九郎さんの髪から滴る水が私の頬に落ちる。それから私は力の出ない腕で精一杯九郎さんの首に手を回して、抱き付いた。抱き締めたというほうが合っているのかもしれない。




「お、い…、何を」
「九郎さん、ごめんなさい…」
「………・・」
「ごめんなさい」




私が何度もその言葉を口にすると、おずおずと九郎さんの手が私の背中に回る。九郎さんの大きな手が私を包み込んでくれる。ああ、温かい。水に濡れていてもこんなにも人の体温は温かいのだ。安心する。震えが引いて収まってくる。




「無事だったんだ、気にするな」




九郎さんのぶっきら棒な言葉は、何時だって私をこうやって安心させてくれる。九郎さん、九郎さん。頭の中で連呼し、鳴り響く言葉。九郎さん。私の、大切な、ひと。手を離したくないひと。滴る雫と涙は、混ざり合って。渇きかけてた服を、濡らし続けた。








透明な





[2007/01/23]