バシャッと水の音がして、気がついたら私はアイスティーまみれのベタベタになっていた。目の前にいる女性とはいい気味と言った風な顔で私に話しかける。 「あらあら…すみません手が滑ってしまって」 「別に構いませんよ」 「それより早くその濡れた髪を乾かしてきたら?ほら、音楽室にアイスティーが滴るでしょう?」 自分で掛けた癖にその言い草、何とも意地汚い。本当にお嬢様のするべきことか?そう思いつつもそれを表に出すわけにも行かないので、「そうですね」と言って立ち上がる。すると近くで見ていたらしい鏡夜先輩が寄って来て、「準備室にタオルが置いてありますので」と言ってくれた。「付き添おうか?」と馨に聞かれたけれど、大丈夫だと返し私は準備室へと向かった。 …あのお嬢様が如何してそんな行動に出たのかくらい私にだって判っている。私が、光の恋人という立場でいるからだ。それだけならまだしも、光、それからその弟である馨の招待で何度かホスト部にも足を運んでいることも周りのお嬢様は気が食わないらしい。「恋人である上にホスト部にまで来るなんて、どれだけ独占したいんでしょう。汚らしい。」とまあ、そんなところだろう。判ってくれる人もいるものの、やはり光と馨の兄弟愛が好きなお嬢様方は私がいることは気が食わない、嫉妬もするのだろう。そういう感情も私には判ってしまうので強くは言い返せないのは辛いが。わかってはいるのだけれど…やっぱり辛いし憂鬱だな、こういうのって。私は準備室のソファーの上に置いてあったタオルを手に取り濡れた髪を包む。すると突然バンッと扉が開いて、その向こうには先ほどいなかった人物がいる。 「あれ、光?遅かったね」 「なんか先生に呼び出し食らってさー」 「そうなんだ、」 「それよりこそ此処で何やってんの?」 「んー…さっきアイスティー溢しちゃって。鏡夜先輩がタオル貸してくれたんだ」 私がそんな風に言うと、「ああ、だから準備室に行けって言ってたんだ」と光が独り言のように呟く。馨か、鏡夜先輩がきっと私が此処にいることを光に教えてくれたのだろう。だけど、これは失敗だったのかもしれない。私が言うと、光はちょっと声を低くして「普通、そういうのって頭から被るもの?」と聞いてきた。 「しょ、しょうがないじゃない…私は、どうせドジですよ、だ」 「違うだろ?誰にかけられたんだ?」 「そういうんじゃないって」 「嘘吐くなよ」 光の鋭い声が私を突き刺す。光と馨は似ているけれど、こういう時強い口調で言ってしまうのが光だ。馨はもうちょっと言い草が優しい。…はあ、やっぱり変な嘘吐いても無駄だな。だけど、本当のことなんて言えない。だって光たちのことを好きだって思っている人がやっていることだもの、そんな簡単に言うなんて出来るわけ無いよ。答える様子のない私に痺れを切らしたのか光は一歩私に踏み寄って来た。私は一歩下がり、また光が一歩踏み出す。そうしているうちに私は壁まで追い詰められて、光は私の横に手を置いた。真っ直ぐ、剃らす事の出来ない瞳に見つめられて私は動けなくなる。そうして沈黙が続き、そうしてゆっくりと口を開く。 「本当のこと言わないんだったらさ、」 「………」 「襲うよ?」 「…へ?」 気付けば光の顔は私の首筋に降りてきている。タオルで拭き取れなず髪の毛から滴っていたアイスティーが垂れてきたらしい。それを光は、ペロッと舐め上げる。 「ひゃっ…」 「ん…、甘い」 「ひ、ひかる…やめ、」 「やだね」 さっきの怒った様子とは打って変わって光の声は楽しそうだ。もしかしてこっちが目的だったんじゃないのか?光なら有り得る。だけど私はそんなことに構ってなんていられず、首筋に吸い付く。チクリと痛んだと思えば、また優しく舐められて。触れられた場所が痺れて動けない。抵抗はしているものの、私の抵抗力はどんどん低下していく。光はそんな私を見てニヤリと笑うのだ。小悪魔な笑い方、私は不覚にもときめく。 「見せ付けてやろうよ、あの姫たちに」 「知ってたのっ!?」 「俺が馨に聞かないわけないじゃん」 ケロッとした風に答えられる。知っていて私に聞いたのか。そうか、やはりこれは計画的行動か。そして私はそれにまんまと流されたのか。光はニコニコと笑いながら私を音楽室へと連れて行こうとする。見せ付ける気、満々だ。 「ちょっと光ー!」 「が、嘘吐いたのが悪いんだからネー?」 「そ、それとこれとは関係ないでしょうっ!?」 そうやって話しているうちに自分の中の憂鬱な気分が吹っ飛んでいることに気がついた。私は、光が好きなんだ。憂鬱な気分がなんだ、私は光が好きなのは変わらないじゃないか。…流石に、見せつけは困るけどね。アイスティーはまだちょっとだけ、私の髪を滴ったまま。 しずく、 キラキラ
[2007/01/07] |