望美ちゃんと朔ちゃんに夕食の準備が出来たと九郎さんに伝える係りを任されたのだけど、部屋の外から声をかけても返事が来ない。不審に思って「九郎さん…?」と声をかけながら襖をそっと開けると其処には壁に寄り眠る源氏の大将がいた。




「…く、九郎さん…夕飯…」




彼の隣に座って、声を恐る恐るかけてみるけど、返事はない。ど、ど、如何すればいいの?身体を揺さぶって起こせばいいの?声をかけて?…無理だ、わたしにはとても。だってわたしは、酷く人見知りで人に話しかけることさえも苦しくて、やっと仲間の人たちと普通に会話が出来るようになった程度の人間だもの。(普通に会話が出来ると言っても、まだ自分から話しかけるのには抵抗があるのだけど)そんなわたしが、この源氏の大将の身体を揺さぶって起こす?そんな芸当、難しい。だって起きるまで何度も何度も声をかけないといけないじゃない。一回でも苦しいのに。ううん、多分それだけじゃない。わたしは九郎さんに少し好意を持っているせいもあるだろうと思う。彼が言う言葉や行動は、小さなことでもわたしを喜ばせたり落ち込ませたりとするのだ。話せば話すほど、触れれば触れるほどわたしは緊張で眩暈を起こしそうになるのだ。人と関わることが苦手なわたしがこんな風に人を好きになるなんて思っていなかった。


うん、でも多分このままじゃいけない。徐々にでも慣れていかないとわたしはきっと一生このままだ。だから意を決めてわたしはそっと彼に手を伸ばす。だけど、その手も空で止まる。だって、滅多に見れない九郎さんの寝顔に、見惚れてしまったんだもの。




「(睫毛…長い。肌もデコボコないし…髪も天然パーマな割にはすごく、きれい)」




綺麗、だ。男の人にそんなこと言うのは変かもしれないけど、みすぼらしいわたしなんかよりもずっとずっと綺麗な顔をしている。胸がキュッと絞まる。涙が出そうになる。何時の日か、わたしがこんな風に過ごせる日々はなくなってしまう。こんな風に綺麗な顔を近くで見れる日は来れなくなってしまう。わたしは、そんな何時かの日のために涙が出てしまうのだ。ああ、苦しい。苦しいから、いっそヒノエくんにお酒を貰ってこよう。本来ならば未成年でお酒なんて飲んじゃいけないのだけれど、此処の世界ではそんなもの関係ない。関係ないからわたしは飲むのだ。お酒は好き。だって、飲んで酔ってしまえば気持ちなんて全然楽になれるし、次の日には忘れられるから。苦しさに耐え切れなくなって外に出ようと九郎さんに背を向けて立ち上がり、その部屋を出て行こうとすると、パシッと手を掴まれた。驚いて振り向くと真っ直ぐな開かれた瞳がある。気付いたらわたしの身体は九郎さんの腕の中だった。




「我慢するな」
「………で、も…」
「泣きたいのなら好きなだけ泣けばいいだろう?見られたくないのなら俺は見ない」




違うんです、そういうんじゃないんです。だけどわたしはそんなことを言える余裕もなく、九郎さんの背中に手を回して泣き始めていた。なんて、簡単なのだろう。わたしはやはり彼の言うこと成すことに取り乱してしまう。甘えちゃいけないなんて思っていても、わたしは誰かに頼らないと生きていけないちっぽけな人間なんだ。




「九郎さん、ごめんなさい。…迷惑ばかりかけて」
「迷惑だとは思っていない。ただ…ヤケになって酒を飲んだりはするな、」
「…え?」
「酒が入ったお前は俺の手には負えん。それに、こういう時は物に当たるんじゃなくて人に頼れ。…その、俺や、望美だって、他にもお前の相談くらいいくらでも乗ってやれるやつが此処にはいるんだ」
「……」
「俺は、弁慶やヒノエほど上手くは言えないだろうが…話を聞くくらいなら出来る」
「…はい、」




優しくて暖かい。ああ、泣き止んだら夕食を食べに行かなくちゃ。こんな風に過ごせる穏やかな時間は、それほど多くはないのだから。























[2007/01/02]