「雨なんか嫌い」 部屋の窓から外を見上げて突然が言った。の突然の話の転換は何時ものことだ。俺は気にせず勉強を続ける。それを俺が無視したと思ったのか、は子供みたいに頬を膨らまして拗ねた。 「いっちゃんひっどぉい。無視するなんてっ!」 「あー煩いから黙ってろって」 「さらにひっどぉい!」 膨れて拗ねるの頭に手を置いて、「あーはいはい」と軽く撫でると観念したかのように一気に大人しくなった。大人しくなったところで手を離し、教科書に軽く眼を通しながらの話を聞く。そうしてまた外に降り続いている雨に視線を戻す。朝から降っていたその雨は、今はもう弱くなっているもののまだ已みそうにはないようだ。…そりゃあ、俺だって雨はあまり好きじゃない。けど、だ。あまりにもあの発言は突然すぎるし、第一幼馴染なはずなのに初めて聞いた。気にならないわけがない。ましてやただの幼馴染じゃなくて、自分の…あー……その、き、気になってるヤツなら尚更だ。すると、窓の外を見つめながらが呟いた。 「雨なんて、一生降らなきゃ良いのに」 「いや、それは困るだろ。水不足で」 「だったら、空にホース繋げちゃえば良いよ。」 突拍子もない発言に思わず動かしている手を止めて唖然としてしまった。数年間幼馴染をしているものの、コイツの本気は何処までが本気か判らない。いくら天然でも、これをマジで言っているのかそれとも性質の悪い冗談なのかはっきりして欲しいと思う。大体、空に繋げられるくらい長いホースが出来たとしても、そのホースが雲に繋げられるわけないしどっちにしろ雨は降る。俺は小さく、それでもには聞こえるように溜息を漏らし、振り返って俺を見ているの小さな頭に軽くデコピンをした。 「いたっ」 「アホか。」 「ひどいいっちゃん!いっちゃんはもうちょっと幼馴染を想う心を持ったほうが良いと思うな」 「俺はが勉強に集中する精神を持ってくれたほうが助かると思う」 「いっちゃんの意地悪ー」と言いながら、ベーッと舌を出して宣戦布告。ガキ臭ぇな、何時まで経っても。仕方が無いので小さく、今度はにも聞こえないように溜息を吐いて、なんでそんなに雨が嫌いなのかと問うと待っていました!とでも言う風に目をキラキラさせて身を乗り出しては答えた。だからガキっていわれるんだよ。…そういうところが好きなんだけど。 「雨降ると、いっちゃん暗い顔してるじゃない」 「…あ?してねェよ」 「嘘吐いたってサンにはお見通しなんですー」 「あーはいはい。」 「そしたらさ、同時に私の大好きないっちゃん色の髪の毛まで暗く見えちゃうんだよね…それ、私的には最悪!」 …こんな事だろうとは思っていた。自惚れのようだけど、は妙に俺の髪の色を気に入っていて、誰かが馬鹿にしたら俺より先に乗り出して、先生に何か言われれば卓袱台返しくらいの勢いで首を突っ込み、毎日のように「今日もオレンジー」と喜んで髪の毛に触ってくる。通常それはウザイとは思うのだが、相手だと心地が良くて如何にも許してしまう甘い俺がいた。内心、「大好き」という言葉に対してすごく心臓が跳ねている。静まれ心臓、この言葉は俺に向けられたものじゃなくて俺の髪の毛に向けられたものなんだ!…自分で思って悲しくなった。それからは、まだあると言って雨が嫌いな理由を述べる。ニコニコと楽しそうに。…オイ、本当に嫌いなのか? 「それからねー、夕陽が見れなくなっちゃうの」 「………はぁ?」 「夕陽だよ、ゆ・う・ひ」 「いや、判るけど」 「夕陽といっちゃんはセットなんだよ!」 「…くだらねぇー」 「むぅ。なにそれっ」 俺の一言ではまた怒ったように口を膨らませる。あーあ、また拗ねた。 「俺と太陽をセットにすんなよ」 「太陽じゃないもん、夕陽だもん」 「どっちでも一緒だろ?」 「違うよっ…夕陽はいっちゃんのオレンジ色に染まってて綺麗だもん、太陽はただ眩しいだけだし…つまんない」 「あーそうかよ」 「いっちゃん素っ気無いっ!」 「興味ねぇんだからしょうがねぇだろっ」 嘘を吐いた。興味ないとか言いつつやっぱり気になっているヤツのことは気になるんだよ。何を考えているかとか何が好きかとか。幼馴染だからほとんど分かり合っているようなモノだけど、たまにこうしてお互いの判らないところがあるんだから。そうして話しているうちに何時の間にか外に降っていた雨が已み始めていた。はそれを見て、「あ」と声を漏らして、「でも、…でもね、いっちゃん」と俺に話しかける。そうして誰もが魅了されるような屈託の無い笑みで、またそうして自分勝手な意見を述べる。 「雨上がりの空は、だーいすき。」 窓の外には、七色の虹が光っていた。とある雨の日の出来事。 アトリエを アイリスに 染めたら [2006/12/29] |