私の憧れは環先輩です。金色の髪に紫色の瞳、それから物腰やら言葉やら何から何まで優雅で―――例えるなら、彼は王子様とでも言いましょう。私はどちらかと言うと内気なほうで、ホスト部に行くなんて勇気がありません。前に友達のれんげちゃんに半幅無理矢理連れて行かれたのですが、あまりにキラキラしすぎていて、私にはもう何がなんだかわかりませんでした。確か、その時は環先輩を指名したような気がするのですが(れんげちゃんが「この子はあの偽王子、私はハルヒ君を指名ですわ♥」とか言っちゃって、私は一人置いていかれたのである)、何を話したのか全然覚えていないし、それ以来ホスト部のほうに足を運んだことなんて一度もないのです。そんな彼が私のことを覚えていてくれるかどうかとしたら、否。環先輩は指名率No,1、たくさんの女の子を相手にしているわけですから、1回こっきりの私なんか覚えていてくれるはずが有りません。








「(あ、れ…?環先輩でしょうか…?)」




放課後、少し用事があって廊下を歩いていた私の前方約10m先には、しゃがみこんで真剣に床を見詰めている環先輩がいました。ああ、そんな姿でさえ優雅でなんて素敵なんでしょう。この広い廊下には、幸いながら今は周りに私と環先輩以外人がいません。いたとしたら、真っ先に「環様?如何なされたのです?」(あるいは「須王?お前何やってんだよ」と、男子の場合)と話しかけているでしょう。私は、ドキドキしながらも環先輩に話しかけます。大丈夫です、彼はとても奇特で明るく、話しかければちゃんと返してくれます。例え、私のことを覚えていなくても。だから私は、他の人たちが話しかけるのと同じように、彼に話しかけます。




「た、環…先輩?」
「おや?これはこれは姫。ご機嫌麗しゅう」
「ど、如何されたのですか?こんなところにしゃがみこんで…」
「実は大事なシャーペンを落としてしまって…探しているところなんだ」




少しでも彼と多く喋っていたくて、一緒にいたくて、思わず「私も一緒に探します」と言ってしまいました。だけど優しい彼は笑って「いやいや、姫の綺麗な手をこんなことに労働させるわけにはいかない」と言って、私の手の甲にキスをします。ああ、クラクラして私は今にも倒れてしまいそう。




「で、でも私…少しでも良いから先輩の役に立ちたいんです」




それで負けじと私がそう言うと、彼は少し微笑んで「それでは、お願いしてもよろしいでしょうか?姫」と微笑んで言ってくれました。そんな小さな微笑だけでも私は嬉しくて「はい、勿論です」と笑って答えました。




「それは、どんなシャーペンですか?」
「うむ。少し据わった眼をした可愛いクマさんのシャーペンなのだが……」


「少し、据わった眼をしたクマ……?」




それなら、私、見覚えがあります。確か、廊下で拾ったはずです。桜蘭に通う人にしては珍しいシャーペンだなぁ、あとで先生に届けておこう。さらに言えば、放課後の用事と言うのはそれを職員室に届けようとしたってわけなのです。なんという偶然なのでしょう。私、今日はもしかしたら運勢がいいのかもしれません。家に帰ったら、占い師さんに聞いてみることにしましょう。と、今はそれどころじゃありません。急いで、鞄の中にしまったシャーペンを取り出します。




「もしかして、これのことでしょうか?」
「おぉ、それだ!有難う、感謝する!姫!」




ああ、キラキラした笑顔。それは私には眩しすぎて、写真に収めて一生の宝にしたいくらいでした。私はとても幸せです。勇気を出して、話しかけてよかったと思います。「それでは」と手を振り、私は名残惜しいながらもその場を去ります。ええ、だって私の役目は終わりましたんですもの。先輩の役に立てた、小さなことでもそれだけで私は心が一杯一杯になるのです。これで、少しでもいいから私のことを覚えていてくれるといいな、なんて図々しいことを思いながら歩き出します。


あれ、そういえば名前――――








姫!また、ホスト部へ来てくれないか?お礼がしたい」








私は、彼のことを低く評価しすぎていたようです。彼はちゃんと、1回だけしか行かないお客のことも覚えていたようです。私は大きく「はい!」と返事をして廊下をまた歩き出します。ただ、嬉しくて思わず段々と早足になって来て、最終的には転んでしまいました。ですが、別に構いません。幸せです。今日の予定は変更です。占いなんて頼らなくても今日の運勢は最高潮。さぁ、その足でホスト部へと向かいましょう。
















[2006/12/14]