さ、栄口と喧嘩でもした?」




栄口が朝から変だった。ミットを持てば水谷みたいに凡フライは落とし、バットを持てば空振りばっかりして、ぼうっとしていてたまにふと溜息を吐いたりしてうて何かが可笑しかった。それで本人に聞いたところ「…とちょっとね」と苦笑いを浮かべていて、時に独り言で「まだ怒ってるのかなぁ」とか呟いていたので、俺はてっきり喧嘩でもしたのかと思った。割とこいつら仲がいいから、喧嘩なんて珍しいと思いながら眺めていたのだけれど、もうお昼なのに二人は会話がないうえ、一度も目を合わせていない。(いつもなら二人で弁当食ってるくせに!)流石に右に、後ろに栄口という席順で変な空気にはさまれている俺としては気まずいものがあるので、栄口がいない間にに聞いたところ、本人は顔を茹蛸のように赤くして「…喧嘩じゃない」の一点張り。まあ、確かに喧嘩してるやつのリアクションじゃないよな、それは。




「…ゆーとくん、まだ怒ってた?」
「怒ってない、つーか落ち込んでた」
「そっか」
「…喧嘩じゃねーの?」




違うといわれて、じゃあ如何したんだよと聞き返すとは口を閉ざした。(…そんなに言えないようなことをしたのだろうか)それからちょいちょいっと小さな手で俺を手招きしていたので、俺は身を乗り出して耳を傾ける。それから小さく「あのね、昨日ゆーとくんの家に行ったの」と言った。え、ちょっと「大人の階段昇っちゃって(はぁと)」見たいな内容のノロケなら簡便してほしいんだけど!




「えろ本を発見いたしまして」




の口から発せられた言葉は俺の予想したものと遙かに違って、俺は頭を抱えた。ああ、そうだ。こいつら普通のカップルじゃないんだった。正確には変なのはだけだけど。此処まで聞くと、俺には容易にのした行動は予想が出来た。だって、もう俺たち野球部には身に染みているのだから。


は昔、露出魔に逢って、まあセオリーどおりな露出魔特有の行動を目の前で見てしまって、それ以来下の話が大嫌いになったそうだ。(だからにとって、田島は天敵だ)自身が加わっていないところでそういう話をする時は怒ったりしないのだが、がいる目の前で危なげなことを言うとそりゃあもう殴る蹴る暴れる。普段の大人しそうなからはとてもとても想像が出来ない、普段大人しいやつがキレると怖いって本当だな。(例えるなら怪獣みたいだった)(色んな意味で怖かった)そんな下ネタ恐怖症のが栄口と付き合い始めたと聞いた時はまあ色々と納得。栄口って爽やかで純情そうな好青年っぽい感じだしな。うんうん、でもそんな栄口だって俺や田島と同じ男だ。口には出さなくたってエロ本の一冊や二冊持っていたって可笑しくはない。「それで、その本は如何したんだ?」何となく予想できるけれど、一応確かめておく。「すぐさま破って捨てた」のあっさりとした答えに、どんまい、と今頃七組でお昼を食べつつ水谷に相談しているであろう栄口にちょっぴり同情をかけた。




「だって、嫌なんだもん。ゆーとくんがそういうの、も、持ってる…かなってちょっとは思ってたけど。本当に嫌なんだもん。そもそもなんで男はそういう本を読みながら、自分の急所触るの?意味がわかんない」
、言ってることがギリギリすぎる。下ネタの一歩手前」
「他に表現がなかったんだから仕方がないでしょ。それに田島くんみたいにはっきり言ってるわけじゃないんだから」




は機嫌を損ねてしまったらしい。何やら興奮したように早口で「そりゃあね、わたしだって判ってるよ。思春期の男の子の行動としては当たり前のことなんだって(その行動の意味はわかんないけど)。わたしが敏感に反応しすぎるのも可笑しいんだって。でもね、わたしは耐えられないの。アレ以来、そういうしもい話とか本とか見かけちゃうとふっとあの露出魔のあの汚らしいアレを思い出しちゃうんだもん。普通の恋人同士ならね、好きな人相手ならね、してみたいって思うのが普通だよ。でもね、わたしはしたくない、するくらいなら死んだほうがいい。だけどそれでわたしがゆーとくんの相手できないなら、ゆーとくんの相手は自然と本になっちゃうじゃない?それも嫌なの、わたしはゆーとくんが他の誰かを思い浮かべながらそういうことするのも嫌なの。てゆーかそもそもそういうやらしいことをしてほしくないっていうのが本音なんだよね!」と語り出す。冷静さを忘れて声が少しずつ大きくなっていることと自分がどれだけギリギリ(…アウトか?)な台詞を言っているのかということには現在全く気付いていない。俺が何度も口だそうとしたけれど、奴のスピードは止めることが出来ず俺はただ呆然と聞いているだけとなった。




「巣山くん。もしも、巣山くんをおかずに好きな人が普段田島くんが言っているようなことをやっていたら如何思う?わたしはね、気持ち悪いと思うよ、それがたとえゆーとくんでも」
「(つーかその質問自体色々間違ってる気がする)あのさ、」
「だからね、わたしはやっぱり一生、その恋人同士の馴れ合いっていうものは出来ないと思うんだよね。たとえゆーとくん相手でも。好きな人相手でも。したいとは絶対思わない。なんで子供ってそういうことしなくちゃ生まれないんだろうね?人間の体って不思議な上に複雑で汚すぎる。そういう汚らしい行為をしないと生まれてこないだなんてさ、もう理不尽すぎる。みんなマリア様みたいに神様から直接授かれればいいものを!」
「(話の論点がかなりズレてる)声、大き」
「でもやっぱりその辺の事情はしょうがないんだよね。それにわたしが大嫌いでもその行為が大好きな人だってこの世には存在するわけだし、たとえば田島くんとか田島くんとか田島くんとか。だからわたしは一生しないの、出来ないの、そう誓ったの。子供がほしければ孤児院で引き取ってくれば充分よ。それが嫌って言うんなら、それでもしたいって言うんなら、わたしはゆーとくんとだって別れる。無理強いさせられてごーかんなんてさせられたら、この世で一番大嫌いな人になると思う。でも、それは、」
!声が大きすぎ………あ、栄口」
「……え、」




中々俺の話を聞いてくれないに少し大きめの声で注意してやろうとしたら、教室の入口にいる栄口が目に入った。顔が青い、ということはたぶん聞かれてた。何処から聞かれていたかなんてわからないけれど、最後のほうだけだったら何やら誤解を与えてしまうんじゃないだろーか。そう、例えばはまだ怒っていて、自分と別れる宣言をしたとか。それからその青い顔のままふらふらと教室に入ってきて、そのままの真ん前に立って、「ごめん、。俺、がそんなに嫌だったとは知らなくて…!」と明らかに誤解をした様子で謝った。俺が訂正してやろうと思ったら、で誤解しているらしく、「…ゆーとくんさえわかってくれれば、わたしはいいよ。わたしはゆーとくんはそういうことしないって信じているし」とにっこりと笑ってみせる、先ほどの興奮が嘘のような笑顔だった。うーん、これはこれで上手くいっているのか?でもとりあえずこれは、これから先、にその気になる日が来なければ栄口は子供を作るための行為が出来ないことが約束されてしまった瞬間である。







mysticrazy






「でも、今度ゆーとくんの部屋から本が見つかったら、監督さん直伝の自力金剛輪発動だからね」
「「(こええええ!!)」」




[2008/07/26]