「そんなの、好きだからに決まってるじゃん。付き合う理由なんてそれしかないでしょ」
「……」


俺が聞いた質問には、当たり前だ、何を言っているんだ馬鹿じゃねーの?とでも言うように堂々と答える。答えの内容のあまりの真面目さに俺は唖然。それは当たり前だ。と水谷の関係を間近で見ている俺たち野球部と七組の人間なら誰しも驚くであろう。そして俺のこの言い分に誰もが納得するだろうという自信もある。


「何、アタシが水谷のこと好きだと何か問題でもあるわけ?」
「いや、だって…お前の普段の行動見てるとそうには見えねーし」
「そう、結構愛情でいっぱいだけど?」
「嘘吐け」


そりゃあ、そうだ。水谷がのことを好きなのはもう一目瞭然なのだが、逆にの方は愛の言葉なんて一言も吐かないしそれっぽい態度もとらないし好きっていうか寧ろ嫌っているようにも見える。見ていると、彼氏彼女の関係って言うよりも主人と奴隷という関係だ。


例えば、おはようの挨拶で水谷がに抱きつこうとすると全力で拒否の上に蹴り飛ばされる。(そしてたまたま近くにいた俺に被害が加わる)その反応が「人がいるところでは恥ずかしい」とかそういう理由だったらまだ可愛いもんだ、いやもう全然可愛いつーか俺だってときめくよきっと。なのにこいつときたら。「朝から煩い」「近寄るな」のだいたいどっちか。しかも低血圧なものだから、照れているとかそういうんじゃなくて本気で嫌がっているのが顔で丸見えだ。(それでも同じことを毎朝繰り返す水谷もすごいけど)それから昼飯時。水谷の昼飯はの手作り弁当。最初に持ってきたときは「って本当に水谷の彼女なんだなぁ」なんて今更なことを考えてしまったりもしたものだが、中身を見ると嫌がらせにしか思えない。基本的には焦げたものが多い。そうでないものは調味料があまりに適当すぎて不味い。料理が下手とかそういうレベルだったら…まあ許せなくもないだろうけど、の弁当を覗くと焦げ目なんて全くないキレイな中身なのだ。(ま、要は水谷の激マズ弁当はわざと作りあげたものということで)(最初の時に分けてもらった山葵入り卵焼きは死んだ…)それから水谷が「手繋ぎたいなぁ」とを誘っても「汚いから嫌」の一言で一刀両断。水谷のショックな顔が今でも鮮明に思い出せる。


そういえば、部内で「水谷との将来について」という議題で賭けをしたことがある。「が浮気してクソレフトが振られる」「うーん…寧ろ水谷のほうが浮気相手とかじゃねー?」「『え、別に水谷と付き合った覚えないよ?』と言われてクソレフト撃沈」「阿部、裏声キモイ…」「はいはーい!水谷がヤり逃げされる!」「田島、それ本気で水谷が不憫だよ…」俺は水谷どころかも不憫だよ、その台詞の数々は。ちょっと可哀相なので俺は「意外にも長続きする」で10円賭けておいた。(あまりに安いのは、やっぱり心のどこかで皆が言ったことが実際起こり得ると思っていたから)とまあ俺だけじゃなくて水谷の周りの人のほとんどが二人の関係をそんな風に見ているわけで。


てゆーか不思議なのは、あんなことやこんなことされといて、水谷は如何してが好きでいられるのだろう、ということ。


「ほら、あるでしょ?好きな子ほどいじめたいってやつ」
「まあそれはよく聞くけど…それって小学生男子のやることだろ?」
「ばっかね、誰かをいじめたいっていう感情は誰もが持っているものなんだよ。だから世の中からいじめが消えないのよ」


なんだかいじめだとかなんとか言ってもっともらしいことを言っているだが、果たして「好きな子ほど〜」というものはその感情と一致するのであろうか。頭をかしげる俺に対してはニッコリ笑いながら「それにね、文貴はドMなのよ」と一言つけたした。「だって、Mじゃなかったらアタシにあんなことやそんなことされといて、未だに『が好き好き』コールは出さないでしょ」と言われて渋々ながらも納得。


「アタシね、文貴がいじめられてるときの嫌そうだけどちょっぴり嬉しそうな顔がとてつもなくたまらないの」
「…は?」
「もうなんだろう、縛り付けたいって思っちゃうのよね。あ、縛るといえばこの前ロープで縛ってみたら手首に少し痕が残っちゃって、『これ、如何やって言い訳したらわかんねーよ』とか喚いてる文貴、超絶殺人級に可愛かったわ。誕生日の時もおめでとうってケーキつっこんだら、嫌々って泣くんだけどそういう姿見てるとゾクゾクってキちゃって。もう、泣いてるところを見ると泣かせたくなっちゃうのよね。ね、花井は文貴見ててそういう気持ちにならない?」
「ならねー!絶対ならねー!!」


聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるようなことを軽々と抜かすな!「そういえば花井も結構Mっぽいよね」「冗談じゃねーよ!」「つまんないの、花井と文貴で二股かけて、文貴を嫉妬で苦しめたかったのに」とんでもないことを考えているを見て、ゾゾッと背中に悪寒が走る。今まで、水谷抜きで話したことなんかなかったからこいつがこういう性格だなんて全く持って知るよしもなかった事実である。(「水谷は遊ばれている」とかなんとかいう噂を軽く耳にするけれど、確かに遊ばれている、噂とは別の意味で)(これ以上こいつと関わると俺すらも遊ばれる気がする)目をキラキラさせて水谷で何をするのか考えているを見ていると、ああこいつ本当に水谷が好きなんだなと切なくなってくる。あんな質問をした俺が馬鹿だった。「文貴」「文貴」と連発しているこいつは正真正銘のドSで、Mな水谷をいじめることも、Mな水谷そのものも大好きなんだなぁということがよくわかった。賭けについては俺の一人勝ちだ。


そして、他人の恋愛ごとには首を突っ込まないほうが吉、ということを俺は学んだ。








  M
     type


×


  S
       type







それから後日談。目をキラキラさせ、デコにガーゼを貼り付けている田島の悲劇。「昨日さ、水谷が忘れ物したから走って追いかけたら、と水谷が手ぇ繋いで歩いてたんだ!俺が水谷呼んだ瞬間、が手離しちゃってさぁ、でもなんか顔がすっごく赤かった!!んで、殴られた。ゲンミツに痛い」そういえば前に水谷が言っていた気がする。「はね、ツンデレなんだよ。みんなの前では結構ツンツンしてるんだけど二人になるとすっごく甘えてくるの。俺、のそういうところ、可愛いと思うなあ」惚れ込んで惚れ直しておまけに惚気ている水谷。…たぶんそれはが飴と鞭を使いこなしている証拠である。




[2007/10/21]