「ますたァ、もう一杯…!」 「もうダメです。飲みすぎだよ、めーこちゃん」 まだまだ飲み足りないわよぉ、とめーこちゃんは顔を真っ赤にさせたまま微妙に舌が回ってない状態で言った。いやいや、十分飲んだでしょ。もうビン三本は空なんですけど。目も据わってるし、ちょっと怖いよめーこちゃん。めーこちゃんはまたもう一本ビンを出そうとしているので、わたしはそれを取り上げて後ろへ隠す。めーこちゃんが恨めしそうにわたしを睨むもんだから、一瞬うっとたじろいでしまった。だけどわたしも負けじと睨み返すと、めーこちゃんは不満気に「わかったわよぉ」と言った。わたしの睨みが効いたっていうより、しょうがない、という感じだった。 「もうー…ますたぁはアタマ固いんだから。べつに一日にごほんやろっぽん、」 「いくらボカロだって、そんなに飲んだらだめでしょ」 「これが飲まずにいられるかってーの」 「もう、…何、今日は嫌なことでもあったの?」 わたしがそう言うとめーこちゃんはこっちを見る。めーこちゃん、だから目が据わってますって。怖いんだって。美人に凄まれると怖気づいちゃいますって。 「マスターが振られたから」 「…は?」 「だから、マスターがふられたからよ!ああ、今思い出してもムカつく、あのオトコ!」 大体不細工の癖してマスターのことを振るなんてなにさまなのかしら。とかなんとか愚痴ってるけど、言っとくけどわたしはその不細工に惚れたんですけど。彼にも失礼だがわたしにも失礼だ(確かに顔はそんな言うほど特別かっこいい人ではなかった…と思うけど、別にものすごい不細工なわけでもなかった)。めーこちゃんはわたしの恋を一番応援してくれてる、理解者だった。だから本当に怒ってくれてることもよくわかるし、わたしのために怒ってくれるということは正直嬉しい。 「うん、でも振られてよかったわ」 「ちょっとちょっとめーこちゃん、それってどういう意味?わたしが振られて傷ついて、それが楽しいと?」 「ちがうから。そんなこと思うわけないでしょっ!」 「じゃあ何なのよ」 「あんなオトコ、ますたーには似合わないってこと!ずーっと思ってたのよね」 どうやらめーこちゃんは、わたしの好きな人が実はお気に召さなかったらしい。でもわたしが好意を持っている人を悪く言いたくはなかったのだろう。めーこちゃんはそういう優しさを持っている人だ。めーこちゃんはお酒が入っていたコップを逆さにして舌を突き出している。お酒はもう残っていなくて、一滴も落ちてこない。めーこちゃんは機嫌悪そうに舌打ちする(怖いから、ほんと)。それから「ますたァももっと飲めばいいのに」と言った。…めーこちゃんが飲みたいだけなんじゃないの? 「本来ならね、マスターのほうがヤケ酒するべきなのよ。それなのに泣きもしないで。見てるこっちが苦しいわ」 「うーん…でも思ったほどショックじゃなかったんだよね。だからわたしはへいきかな」 「うそつき」 ううん、本当だよ。めーこちゃんがヤケ酒までしてくれて、怒ってくれて、本当のところ少しすっきりしてるんだ。そりゃあ、全然悲しくないわけじゃないんだけど。めーこちゃんがいなかったら、たぶんもっと悲しかったと思う。すぐに泣いて、明日も会社だというのにお酒をガブ飲みして、明日にでも二日酔いしてるかも。今のめーこちゃんの姿は、めーこちゃんがいなかった場合のわたしなのだ。めーこちゃんが、わたしの代わりをしてくれているのだ、だからわたしはする必要はない。めーこちゃんがいて、よかった。 「でも、まぁ。すぐいいひと見つかるわよ。私のマスターだし、絶対」 「その理屈はわかんないなぁ。…でも、しばらくは恋とか、できないと思う」 「……やっぱりあいつシメてくるわ」 「ちょ、ちょっと、そういう意味じゃないから!洒落にならないっ!」 「…じゃあ、どういう意味?」 「……今はめーこちゃんがいちばん好きってこと」 だってめーこちゃんって、そこらの男の人よりも男前なんだもん。めーこちゃんは照れた顔を隠すように、左手でわたしを抱きよせて、右手で「じゃあもう一杯!」といつの間にかわたしから奪い取ったビンを掲げて言った。…まあ、いっか。あと一杯くらい。息を吐いて、わたしもコップにお酒を注いだ。 でもめーこちゃん。お酒はほどほどにね。 (グラスに注いだ涙にさよなら/MEIKO)
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カイトがうちに来てから初めての買い物に出かける。カイトの服は目立つから、最初は着替えさせようかとも思ったのだけれど、あいにく家にはカイトのサイズに合う服がない(そもそも男物の服がない)。まぁ、近所のスーパーいくだけだしいいか、と思ってそのまま連れ出すと、案の定人の視線が突き刺さるこの状態に陥ってしまった。うん、カイトってかっこいいもんね!ボーカロイドってみんな美形だもんね!(業者の人の陰謀だろうけど)(その陰謀に見事に引っかかってしまった私…)それに格好がちょっぴり変わってるもんね!うっかり目を引いちゃうよね、その気持ちはよくわかる!でもね、見られてるこっちは恥ずかしいの。っていうか見られてるのは私じゃないけど、恥ずかしい。なのにカイトは、 「マスター、どうしたんですか?」 無邪気にも見られていることを全く理解してないようで、頭に疑問符を浮かべながら私に聞いてくる。ちょっと天然なところがあるのはカイトの可愛いとこだと思うよ。何でもないって答えるとそうですか、と言ってカイトは私から視線を外す。外された目が移すのは、周りの建物。そういえば、カイトは外に出るの、初めてだったかな。キョロキョロと周りを物珍しそうに見ている。たまに、視線の方向が女子高生たちに向くと勘違いしたのかキャーキャー顔を赤らめている。そこの女子高生諸君、…たぶん、あなたたちの後ろの看板とか見てたんだと思うよ。なんて言えるわけがない。とりあえず、そそくさと買い物をすましてしまおうと私はカイトの腕を引っ張り、自然と早歩きになっていた。 スーパーに着いてから、今日は何を作ろうか、と考えた。家にはちょこちょこ野菜しか置いてなかったから、いろいろ買いだめしておかなきゃなぁ、と思いながらカートを滑らせる。カイトの意見を聞こうと思い、カイトの方を振り向いた。 「ねぇ、カイト。今日は何食べ…」 そこにいるはずの人間(ボカロだけど)が、もぬけのからだった。あ、あれ!?何処行ったの!?っていうかいつのまにっ!大型スーパーではないけれど、そこそこ広いこの建物の中で勝手に行動しないでほしい。急いで私は今来た道を逆走し始める。カイトのバカっ!何か興味を引かれるものがあったんなら、せめて声をかけてくれればいいのに。そのまま早足で歩いていくと、青い髪をした人影が視界に映る。何かをジーッと見つめていて、私には気づかない。そのことにカチン、と来たのでその青頭を思いきり殴ってやった。 「いっ…たいじゃないですかあ、マスター何するんですかぁ」 「このバカイト!勝手にいなくなるなんて!」 「だ、だって」 「だっても明後日もないっ」 「マスター、意味わかんないです…」 カイトは殴られた頭をマフラーでさすりながら(いやいや、使い方違うだろう。後で教えておかなきゃなぁ)、私に文句をつける。「それで?何か気になるものでもあったの?」と聞くと、カイトは八の字だった眉を上げ、目を輝かせて「はいっ」と頷いた。うっ…不覚にも、可愛いと思ってしまった。…不覚も何も、私はカイトの見た目が気に入って買ったのだから、ときめくのは当然なんだけど。カイトはにこっと笑って、私たちの目の前にある冷凍庫の中からとある物を取り出した。…ああ、これか。 「マスター、アイスです!」 「……食べたいの?」 「ハイ!」 「…だめ」 「えええ、なんでですかっ!?」 当然私が買うもんだと思ってカイトは言ったつもりだったのだろう。が、カイトがいま取り出したこのアイス、…高い。せめてもっと安いの選んでよ。一応自分とカイトを養うだけでいっぱいいっぱいなんだからあまり余計なものをたくさん買うのも気が引ける。でもカイトの落ち込みっぷりが私の良心を抉る。マスターの命令だからごめんね、今度買ってもらうからね、バイバイ俺のアイス。…うん、言ってることはアホっぽいしやってることもバカっぽいんだけど、なんか何をやっても絵になるよね、カイトって。私は仕方なしに溜息を吐いて、蓋を閉めようとしているカイトの手に重ね合わせて止める。 「え、マスター…?」 「安いの、一個だけだからね」 私がそう言うと、カイトはいきなり涙目になって「マスタぁぁあぁあ!!ありがとうございます!大好きですー!」と抱きついてくる。おいおい、こんな公衆面前で何をしてくれるんだカイトさん。アイス一個ごときで。それから私の首の回りに巻きつけていた腕を外し、視線は一気にアイスがたくさん詰め込まれている冷凍庫の中に。はぁあ。私は溜息をもう一つ漏らして、カイトの嬉しそうなその横顔を眺めていた。 (初めてのおつかい、行ってきます/KAITO) |
友達に飲みに行かないかと誘われて、家に帰りたいからと断ると恋人でもいるのかと勘違いされた。うーん、恋人っていうのとはニュアンスが違うな。そもそも同性だし、あたしは一応異性愛好者だし。でもまあ、ある意味では似たようなものだと思う。家族とも言えるけれど、家族じゃなくて、友達とも恋人とも、全ての関係にあてはめることのできる存在、だとあたしは思っている。まぁ、いいや、なんでも。とりあえず、あたしにとってその子はとっても大切で特別な存在ってこと。あたしの、あたしだけのバーチャルシンガー。 電車、早く来ないかな。ああ、此処の踏切長いんだよね、イライラする。なんでここで信号赤になっちゃうかなぁ、タイミング悪…。家に帰る足取りが、だんだんと早くなる。ミク、待ってるかなぁ。結局今日は無理矢理付き合わされて少し遅くなっちゃったからなぁ。一応連絡は入れたけど。テーブルの上で寝てそうだな、ネギ握り締めて。その様子を思い浮かべると自然と笑みが浮かんでしまう。あんなにも長いと思っていた道は、考え事をしているうちにあっという間に歩きつくしてしまったようだ。気づいたら目の前は家の玄関。鍵をあてはめて回すと、その音に反応するように何かがドタンバタンと足踏みする音が聞こえてきた。扉を開けると、嬉しそうににっこりと笑ったミクがいた。 「遅くなってごめんね」 「そんなの全然いいです!わたし、気にしてません!」 「そお?あ、夕飯食べた?」 「はいっ。今日はミクのお手製ネギランチです!」 ネギランチっていったいどんなネギ料理なんだろうと苦笑しながら、中に入ろうとするとミクからいつのまにか鞄を取られていた。いや、あたしが無意識のうちに渡したのだろう。もう癖になっちゃってる、まるでミクが妻であたしが夫の新婚生活だ。なんて思っていたら、ミクは「あ、マスター。待ってください」と制したのでその場であたしは立ち止まる。それからミクは上目遣いで、あたしの方を見つめる(そんな技いつ覚えたんだ)(世の中の男はイチコロだな、これで)。 「マスター。お風呂がいいですか、夕飯がいいですか、それとも……わたし?」 ごん。思いきり、頭を壁にぶつけた。焦った、一瞬思考が読まれたのかと。顔がだんだんと熱くなる、んな恥ずかしい言葉を女相手に言われる日が来るとは思わなかった。ちょっと、あたしが男だったら危なかったわよ。「…ミク、それ何処で覚えたの?」と聞くと、記憶を思い描くように頭をかしげながら「昼間のドラマです」と答えた。昼ドラはミクの教育に悪いから見るなってあれほど言ったのにっ!彼女の純粋無垢さはいいところでもあって悪いところでもあるから、性質が悪いっていうか、自分がしっかりしなきゃって思っちゃうのよね。 「あと、昼間マスターのお母さんから電話があって。わたし、台詞の意味が分からなかったから聞いてみたら、『一緒に暮らしている好きな人に言う言葉よ』って」 「おかーさんのばかああっ」 確かに、確かに間違ってないけどね!ミクと話すときは言葉選べってあれほど言ったのに!全く、あたしの周りには人の話を聞かないやつばかりか。呆れながら、「じゃあ夕飯ね」と言い今度こそ部屋の中へと上がる。ミクは人懐こそうな笑顔を浮かべて頷いた。 「とりあえず、昼間のドラマは見ちゃダメだからね。見てもいいけど影響されるな」 「はーいっ」 本当に分かってんのかな、この子は。まったく、世話のかかる家族で友達で恋人だな。そう思いながらも関わり合うのは楽しくて、やめられないんだ。本当は職場の友達とか上司との関係も大切にしないといけないんだけどさ、うん。でもしょうがないよ、可愛い顔して天然で、綺麗な声であたしの望む歌を歌ってくれて、放っておけなくて愛しいんだからさ。あたしがもう一歩前へと足を進めると、「あ、マスター」とミクがまたあたしを止める。またドラマの台詞でも言うのだろうか、と思いつつ返事をするとミクはにっこりとあたしに微笑みかけた。 「――おかえりなさい、マスター」 「…ただいま、ミク」 (ただいま、僕の在り来たりな生活/初音ミク)
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「マスター。リン、今日はマスターと一緒に寝たいです!」 「いいよ。じゃあ、部屋いこっか」 此処のところ、忙しくて構ってあげられなかったからなぁ。しかもリンもレンも、私の迷惑にならないようにって色々気を使ってくれてたわけだし、これくらいのおねだりお安いご用だ。リンはやったぁ、と嬉しそうに私の腕に巻きついてくる。もう、可愛いなぁ。レンにおやすみ、と言って部屋に向かおうとしたら後ろから服を引っ張られる。振り向くと、レンが上目遣い(たぶん無意識)で何かを伝えようとこちらを見ていて。 「ま、…マスター」 「ん、なに?」 「僕も、その………何でもないです」 「なによ、言いたいことがあればはっきり言えばいいじゃないっ!」 リンが姉らしく「うじうじしている男は嫌われるのよ!」と指摘し、レンはその姉に反抗するかのように「うじうじなんかしてないっ」と言い返す。流石にこんな夜遅くに姉弟喧嘩に発展されたら私が困るので、急いで「まぁまぁ、落ち着いて」と二人の仲裁に入る。それでもなかなか収まりそうにない。「あ。ねえ、今日は三人で一緒に寝ない?」なので、ふと、思いついたことを述べてみた。それに先ほどレンが言いたかったのはこのことだったのだろう、と思う。レンは大抵、リンの思いつきのおねだりに便乗しようとして途中でやめちゃうからさ。うちのレンはリンにかなり積極的な部分を吸い取られた感じの性格である。リンは「マスターが言うなら、いいですけど」とちょっと不満気で、レンは少し顔を赤くして小さく頷いていた。 布団を二枚引いて横に川の字になって寝転がる。右にいるリンは嬉しそうに「マスターといっしょっ」と私の指に自分のものを絡めてくる。所謂恋人繋ぎってやつ。リンはそれを「好きな人とする手の繋ぎ方」だと思っているらしい。まぁ間違ってはないし、女の子同士だし、いいかなって私も流しちゃってる。一方左のレンは恥ずかしいのか、顔を壁の方に向けている。 「リン、マスターの手好きです。ちっちゃくて、あったかくて、やわらかくて」 「あ、ありがとう…」 リンの言葉はいつも直球で、聞いているこっちが恥ずかしくなる。なんだか口説かれてるみたいだ。レンがちらちらとこっちを見てきて、私と眼が合うとすごい勢いで逸らす。繋ぎたいのかなぁ。レンを呼んで、なにマスターと振りむいたレンに手を差し伸ばす。レンは私と私の左手を交互に見てから、おずおずと右手を伸ばし触れてくる。顔、真っ赤だ。 「…僕も、マスターの手、好きです」 「ん、ありがと」 「マスター、マスター!リンは、手だけじゃなくて、マスターのことが好きですからね!」 「うん、私もリンのこと好きだよ」 リンがレンと張り合うように手を引っ張りながら言ったので、苦笑しながら返す。苦笑をしていても、その言葉に嘘偽りがあるわけじゃない。本当にリンのことが好きだと思う。左側ではレンが私のパジャマをそっと引っ張り、必死に言う。 「僕はっ、マスターの事大好きだからっ!」 「あー、レンずるい!リンはマスターのこと大大大好きなんだからっ」 レンがまた、リンと張り合うように言うもんだからリンも売り言葉に買い言葉みたいに言い返す。いつもこんな感じだが、私は一度も迷惑だなんて思ったことがない。むしろ、幸せなのだ、こんな風に愛されるなんてことが。血は繋がってなくても私たちは家族で、そのことが何よりも幸せで。私はつい、笑みをこぼす。そして二人の繋いだ手に少し力を込めて、二人の興味をこっちに引いて、言った。 「二人とも、だぁいすきよ」 (おやすみ、愛しいあなたへ/鏡音リン・レン) |
[2008/05/29]
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