阿部隆也くんの場合




「阿部、教科書見して」
「絶対いやだ。つかお前忘れすぎ」


あはは、と苦笑すると阿部は教科書を広げて黒板に書いてあることを写しだす。…え、ちょっと本当に見せてくれないの!?阿部はもうちょっと人を慈しむ心を持ったほうがいいと思うよ。席隣なんだから見せてくれてもいいと思うんだよね。つーか教科書の見せ合いは隣人同士の義務だと思う。私がしつこく阿部のほうを見つめて見せろ見せろって呟いたら阿部は溜息を吐いて教科書と机を少しこっちに寄せた。


「やった!ありがと阿部!あいしてる!」
「ふざけんな、ウザイ」
「あらあら阿部クン照れてるのぉ?」
「照れてねえ!っていうか迷惑」


見せるんじゃなかっただとか文句をぶつぶつ言ってる阿部に、わざと忘れてるなんてことバレたらきっと殺されるだろうなーなんて思いながら、好きな人との共有の教科書を使うこの瞬間を楽しむ私であった。この瞬間がいっちばんしあわせ。












栄口勇人くんの場合




自分の引いた紙に書かれた数字を見て私は絶句。…ああ、勇人くんが、遠くにいる。


「ま、気にすんなよ。そういう時もあるって」
「巣山くんのあほう!いつでも好きな人の近くにいたいっていう乙女心もわからないようじゃモテないよ!」


巣山くんは呆れた顔をして私の後ろの席に着く。私は廊下側から二列目の一番前で、勇人くんは私の列の隣の列の一番後ろ。前後左右でなければ同じ列でもない。せめて、私と勇人くんの席が逆ならば、授業中に勇人くんを見ていることも出来るのに!自分のクジ運の悪さが情けない。「先生!やり直しを要求します!」と言うと「そんなこと言ってたらキリがないからな」と先生は笑っていた。先生はことの重大さが判らないのだ。私がいじけていると後ろに座ってる巣山くんが「自己中」と呟いた。(自己中で悪うございましたね、私は愛に生きる人間なんです!)するとトントンとその巣山くんが私の肩を叩いて、黙って隣の列の一番後ろを指差した。


「(ゆ、ゆ、ゆーとくん!)」


にっこりと笑って手を振ってる勇人くんを前から見るのもいいかもしれません。(「おーい、真面目に授業受けろよー」なんて先生の声は聞こえない)












田島悠一郎くんの場合




「なーなー!」
「なんでしょーか」
「消しゴム貸して!」


掌を突き出してニッコリ笑う田島を見て私は呆れを覚えた。オイオイ、何回目だよ。今日だけじゃなくて、この席になってからずっとだよ。好い加減イライラを覚えても、素直に消しゴムを渡してしまう。「さんきゅ!」嬉しそうにニカッと笑う田島を見ると如何でもよくなるというか、寧ろ何個でも貸してあげたくなっちゃう衝動に犯される。うーわー、私ってばすごい末期だ。この小動物の笑顔に弱いんです。何回も消しゴムを忘れる田島がアホって思いつつ、そんな田島に惚れてる私が一番のアホなんです。「なーなー」田島の私を呼ぶ時の声が聞こえて、反射的に田島の方を見ると、田島の掌の上には無残に割れた私の消しゴム。


「ごめん!消しゴム割っちゃった」
「……」


訂正。この小動物的笑顔でも、如何でもよくならないこともあります。(お気に入りだったのに!)












水谷文貴くんの場合




一番窓際の一番前の席、その後ろは休み。そしてその席でぐーすかぴーとイビキを立てて腕を枕にして完全に眠り込んでいる水谷。野球部は練習がキツイとか、九組の野球部は寝てるやつが多い(と言っても三人中二人)とか聞くけど、花井と阿部はしっかり起きているンだよ。水谷は全く持って情けない。耳につけているイヤホンが微妙にずれて音がかすかに聞こえる。うわ、間抜けな顔。涎垂らしてさ、顔も完全に緩みきってる。


「水谷、みーずーたーにー」
「……」


何度も声をかけたが、水谷は気付かない。……水谷、さっきから先生に睨まれてンの。だから早く起きてくれないかな。この間抜けな寝顔が見れなくなるのは残念だけど、好い加減あんたが起きないとあたしも睨まれるの。一番窓際の一番前の席で、その後ろは本日風邪にてお休み、だからその席に座る水谷を起こすのはあたししかいないのだ。ぐーすかぴー。イビキを立てて暢気に寝ている水谷の脛に、あたしの足を盛大に振りかぶって蹴りを入れた。


「いってえええ!」
「おはよう、水谷クン」


そんな間抜け顔を携帯でこっそり撮ってしまったことは、誰にも内緒だ。












泉孝介くんの場合




「泉くん泉くん、髪引っ張るのやめてもらえませんかねぇ?」
「それはそれは無理な注文ですねえ」


無理でもなんでもないだろ!ニヤニヤと笑っている泉くんが憎たらしい。憎たらしいけれど逆らえないわたしの悲しきかな性。そして逆らえないことを知っていてそういういじめをする泉くんは性格が悪いと思う。泉くんって、田島くんや三橋くんといるときは大人っぽいというかクールなのに、たまに中身が小学生みたいになるよね!先生、なんでこの席配置にしたのかな!?もう恨んでやる!そして早く席替えをしてください。はやくこのいじめ地獄から抜け出したいのでほんとにはやく!


「泉くん泉くん、今度は何をしてるんでしょーか?」
「んん、これは静電気を起こしているのですよ」


女の子は髪が命だと知らないのか泉孝介。これでも毎朝必死でとかしてセットしているのです。なぜかってそりゃあ勿論好きな人には頭グシャグシャなところを見られたくないからです。それなのに当の好きな人が、髪の毛グシャグシャにするわ下敷きの静電気で遊ぶわでわたしは一体如何したらいいんですか、てゆーかあんたは小学生ですかとでも言いたい。言いたいけど言えないかな悲しき性。好きな人の隣は嬉しいけれど、今はそれよりこの髪弄られ状態から抜け出したい気持ちの方が完全に勝っている。先生、早く席替えしてください、ほんとに切実に。












花井梓くんの場合




「ねーねー花井」
「何だよ」
「頭邪魔。前見えない」


花井のハゲ頭に一瞬、漫画でお馴染みのお怒りマークが見えたけれど、すぐに自分を落ち着けて「ハイどーぞ、これで見えますでしょーか」とひねくれたような声を出して言った。よくわかってらっしゃる、此処で反抗したところでどうせ私には適わないと。「あー花井、もうちょい右行って」私の台詞に素直に頭を動かす花井が可愛い。(だからこう、虐めたくなるんだよね)後ろから花井の背中(と頭)を眺めるのは、黒板に並べられた白い文字を写すことより数倍楽しい。私の指示通りに動き出す体が愛しい。


「おまえさ、ちゃんと黒板見てる?」
「見てる見てるチョー見てる。花井くんが頭どけてくれただけですごいスラスラ写せるよ」
「(うぜええ)」


先生、しばらくこのクラスには席替えは必要ないかと思います。(花井の後ろは私の特等席なんだから!)












浜田良郎くんの場合




「…泉?」
「……ちわ」


毎日の習慣でわざわざ二年の教室から一年の教室に足を運んでやったら、廊下側の一番後ろの席にいるはずの浜田がいなくて代わりに泉が其処に座っていた。無愛想に挨拶をする泉を見て「席替えしたの?」と疑問をぶっ掛けると泉は答える代わりに頷いた。「浜田はあっちっす」泉が指を指した方向は、此処とは一番遠い、窓際の一番前の席。そして隣の席の女の子にでれでれと笑う浜田が目に付く。…………浜田め。「オイ浜田!センパイ、来てっぞ!」泉があたしの中から滲み出ている黒いイライラオーラに気付いて急いで浜田を呼んだ。浜田は振り返るとすぐに「げっ」とでも言いたげな罰の悪いような顔になって、それがイライラを増させる。


「あらあらご機嫌麗しゅう浜田くん。愛しの彼女が来たのも気付かないであんなに楽しそうにお話しなさって。別にいいのよ、あたしに気にせずお話を続けて。浜田くんはクラスどころか学年までも違うけれどわざわざ逢いにくるような彼女よりも、同じクラスで隣の席に座る美少女の方がお好きなんですものねえ」
「(おおおこってらっしゃる!)」










[2008/01/12]