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遠くに控えめに光る月を見てあたしは、キュッと胸を締められる。あたしの世界じゃあ、こんな自然な明るさなんて見えない。電気で作られた擬似的な明るさばかりだものね、あたしの世界は。綺麗だ、けど。あたしは擬似的な明かりが恋しいのだ。行き成りワケも判らない世界へ連れて来られて、しかも何の役も立てなくて、居場所なんてなくって。まだ、あっちの世界のほうがあたしの居場所は沢山あった。今のこの世界ではあたしはお荷物でお邪魔虫で、戦うことも出来なくて辛いから、あたしは元の世界へ帰りたい。早く、早くあの偽者の光に逢いたいのだ。だけど、あたしはただのお荷物のはずなのに、気付けば周りの人間皆があたしに優しくしてくれるのだ。邪魔なら邪魔って言えばいいのに、そんなこと言わずに、そんな素振りも見せないで、必要以上に優しくしてくれる。だから余計に苦しい。早く帰りたい。だけど、こんな優しい人たちと離れることなんて出来ない。あたし、矛盾してるよ。 肩を寄せられて、急に噛み付くようなキスをされた。こんなことをする男は、あたしが知っている中ではたった一人だ。 「…やめてよ」 「なんで?」 「なんでも」 「言ってくれなきゃオレには判んないよ」 判ってくれなくて良いよ。そんなこと。あたしの声は喉から出掛かって、それから出ることもなく掻き消えた。あたしが言葉に出さなくても判ったのか、ヒノエは寂しそうな顔をする。やめて、よ。女なら誰でもいいんなら、あたしにそんな顔見せないで。好きになっちゃうよ。もう好きだけど。これ以上好きになったら、あたしは帰れなくなる。帰りたいのに、帰りたくないという気持ちが混ざり合って、強まって。 「姫君は、オレには何にも言ってくれないんだね」 「それはあんたも同じでしょ」 「そんなことないよ」 「…嘘吐き。信じられないよ」 あたしの言葉にヒノエは力なく苦笑するだけだった。なんでそんな顔をするの。そんな顔してちゃあ、本当にあたしのこと、好きみたいじゃない。ヒノエはただ女の子が好きで、その女の子の一人であるあたしがいなくなってしまうことが寂しいだけなのに。そんな顔をしてたら、期待してしまう。駄目だよ、あたしは。期待なんてしたら、奈落の底に落とされて二度と這い上がれなくなってしまう。帰れなくなってしまう。此処に依存してしまう。 「はは、嘘吐き、か。姫君に言われるとキツいね。でも、嘘じゃないよ」 「そんなこと、微塵とも思ってないくせに」 吐き捨てるように言うと、突然またキスされた。抵抗しようにも後頭部を抑えられていて逃げられない。押し付けるだけのようなキスはあたしの身体の酸素をどんどん、どんどん奪っていって、苦しくなる。今の胸の苦しみを具体化したらきっとこんなだろうと思うくらい。苦しくて早く解放して欲しくて、あたしはヒノエの胸板をドンドンと叩いた。そうしてからゆっくりと、あたしとヒノエの触れ合っていた部分は離れていった。人肌同士が触れていたせいか、それともあたしの体温が上がっていたせいか、唇は熱かった。 「オレは姫君が好きだよ」 「嘘吐き」 「嘘じゃない。元の世界へなんて返したくないとすら思ってる」 「…それでも、あたしは帰るよ」 「じゃあ、いっそこのままオレの腕の中に閉じ込めて」 「やめてよ。そんなことしたら、あたしはあんたを殺す」 「姫君に出来るの?」 「……出来るよ!!」 あたしは、今あたしの周りにいる人たちがあたしに優しくしてくれることを知っている。その優しさが苦しい。あたしには居場所がない。だから、帰らなくちゃいけない。帰ったら居場所がある。だけど、だけど。あたしに愛の言葉をくれる人はどれほどいる? 例えヒノエの言葉が嘘でも、こんなに素直な愛の言葉をくれた人は初めてだった。だから好きになったのだと思う。あたしは単純だ。ヒノエはあたしを虜にして、掌で躍らせる。あたしは踊らされないようにと必死にもがく。適わないと判っておきながらも。 「オレは、姫君を月になんて返さない」 だけどもう遅い。あたしはヒノエの密かな愛と優しさに溺れてる。 「好きだよ」 元の世界に帰りたいだなんて想いを忘れてしまうくらいに。ヒノエが覆い被さって、あたしにしたキスは今までにないくらい優しくてあたしは蕩けてしまいそうで、足場は崩れてあたしはヒノエと共にその場に堕ちていった。 向こう側に 存在する世界へ 背を向けて (如何すれば本気だとわかってくれるんだい?) [2007/02/17] |