わたしが岸谷になった時のことを忘れることができません。あの美しい首無しの化け物に出逢い、差しのべられた手を握ったあの日から、わたしはずっとそれを愛しているのです。 「セルティってばまたこんな特番に撮られちゃって…! 大体これ許可は取ってるの? でも画面越しでもセルティはやっぱり美しいね。風を切って走る姿はまるで天使のようだ、まあ妖精なんだけど。いや、それともあのダイナマイトボディで人々を惑わす妖艶な悪魔かな? どちらでも私にとってはかわいい子猫ちゃんだけどね。ああ、今この番組を見ている人々が次々にセルティに惚れこんでいるのかと思うと俺は嫉妬で狂ってしまいそうになるね!」 大きな独り言でテレビに文句をつけながらしっかりと録画をしているパパをちら見してから、わたしはもう一度テレビに視線を戻しました。そこには『池袋怪奇特集! 首無しライダーを追え!』となんとも安っぽいタイトルでくくられた番組が放送されていて、今もぐんぐんと視聴率を上げているようです。パパはわたしの言葉に耳を傾けないまま、テレビに映るママに釘付けです。それを見てわたしも釘付けです。うっとり。 パパがあれこれ騒ぎ立てているのを聞いて、わたしはそっと、大丈夫ですパパ、と声をかけました。この番組のリポーターも、カメラマンも、ディレクターも、視聴者も、どんな人の中にもパパとわたし以上にあのヘルメットの下を愛する人間はいません。だから、大丈夫です、パパ。誰もパパのママをとったりしません。安心してください、パパ。 「ちゃん、だっけ? 君さ、僕たちの子にならない?」 わたしがママに拾われたあの日、そう提案をふりかけてきたのはパパでした。断っても、断らなくても正直どっちでも構わないとでも言っているような人のいい笑みを浮かべて、それなのにわたしに誘いかけてくる矛盾した行為だと今は思います。それから長々と恋人への愛やら魅力やらをたっぷり語った後に、「私は二人で余生をすごしていくのもありだと思うんだけどね。でもその反面、…セルティと、セルティの子供と一緒に家族になるのもちょっとした夢なのさ。もし君がセルティのことをママと呼べるなら、俺たちの子供にならないかい」と再び尋ねるのです。 彼がほしいのは愛する人との子供であって、わたしではありませんでした。彼らの子供になり得る人物ならばだれでもよかったのでしょう。セルティとの子供なら僕はセルティの次ぐらいには愛することができるよ、と力説する彼を見上げて、わたしは迷わず彼の手を握り返しました。 こうして、まったく血がつながらない、種族も違うわたしたちは家族という言葉でくくられることになったのです。それでもパパは宣言通り、ママとの子供というポジションについたわたしを愛してくれたし、わたしも愛する化け物の愛する人なら惜しみなく愛を吐き出せました。 愛する理由を持てば、わたしたちはいとも簡単に親子になれるのです。 「ああっ今通り過ぎた男子高校生絶対セルティのこと見てたでしょ!? だめだよ僕のセルティをそんないやらしい目で見るなんて!!」 パパは嫉妬をするようにわめきます。わたしはソファーから降ろした足をぶらぶらさせながら、テレビを見つめていました。テレビの中のママは相も変わらずシューターにまたがって黒い煙をまき散らすのです。そしてパパは愛も変わらずこちらを見ることはありません。 そのうち、報道陣から逃げるようにスピードをあげたママは、白バイに追われながらテレビの前から姿を消しました。その後もしばらくママについてオカルト関係の偉い人が出てきたりして、いろいろとごちゃごちゃ言っていましたが、そんなママを知らない人からの勝手な見解など興味はありません。本当なら、ママを知る人など、わたしとパパだけでいいくらい。 「パパ、今日はお仕事お休みなんでしょう?」 「そうだねえ、急患さえなければ今日は一日暇かな」 「だったら、一緒に買い物に行こうよ!」 オカルト番組はつまらなかったのでチャンネルをコロコロ変えて、最終的にはぽちっとテレビの電源を切ってしまいました。パパも特に異論はないようで何も言いません。時計を見ながらパパの白衣をくいっと引いて提案してみると、パパはいつもの、笑っているだけでどこも見ていない瞳をわたしに向けて頷きました。 その視線を眺めながら、いつだったか、ママに『おまえはしんらとそっくりだな』と言われたことを思い出しました。ママは人とそっくりな手のひらをわたしの頭に乗せて、頭の代わりに黒い煙を垂れ流すのです。わたしはその美しい光景にぞわぞわと鳥肌を立てながら、受け入れました。『ちもつながっていないのに、ほんとうのおやこのようだ。うらやましいよ』だれよりもパパを愛しているであろうママからのそんな言葉が、わたしは何よりも嬉しいと思いました。 「パパ、今日の夕飯は何がいいかな」 「セルティが作ったものならなんでも」 「ママは忙しいので今日はの当番です」 「おや残念だ。だったらなんでもいいよ」 「それが一番困るんだってばあ」 ママ越しにしか物を見渡せない視野の狭いわたしたちを、ママはやれやれと肩を揺らしながらも最後はちゃんと受け入れてくれます。ママはとても堅実な愛情をわたしにくれて、わたしはそんなママが大好きです。たとえ種族が違っても、ママがどうしようもない化け物だったとしても。 それから、そんなママを誰よりも愛しているパパを愛しています。ママが世界で一番愛する人間で、ママを世界で一番愛する人間だもの。愛さないわけがないのです。 パパの大きな手のひらを握りこむと、人間特有の生暖かい手の感触がじんわりと広がっていきました。ママとは違うそれは、掴むととてもむずがゆく、胸に手のひらと同じ温度がじんわりと広がっていくのを感じました。パパを見上げてにこりと笑うと、パパもニコニコ同じ笑みを並べてくれて、わたしの中に同じものが広がっていきます。大丈夫、わたしはママを愛しているし、だからパパを愛しています。 偽物の愛に偽物の家族。一方通行過ぎる困った愛情を持てども、わたしたちは、きっと他人から見ればただのそっくりな仲の良い家族なのでしょう。 |