触れるのがいまだに怖いんだ、と友人は語った。 「中学の時、せんぱい―――さんに怪我をさせちまったことがあるんだ」 命に別状はなかったけれど結構大きな怪我で、その痕は今でも残っているしこれからも消えることはない。俺はそれを見るたびに、あの時のことを思い出して後悔する。それなのにさんはなんでもなさそうな顔をして、普通に触れてくるんだ。 今頃別室で新羅の手当てを受けているだろう恋人を脳裏に映すと、彼は俯いて拳を握った。私はそれにない耳を傾けながら、別室の方に視線を向ける。あまりに静かなそちらでは、いったい何を話しているのだろう。私自身も静雄の恋人に会ったのは今日が初めてだから、彼女がどんなことを思っているのかはちっともわからない。私が答えを出しかねていると、静雄は自嘲気味に笑って「悪いね、愚痴っちゃって」とテーブルに置かれたままだったココアにようやく手を出した。 私の提案を聞いた、というより読んださんは困ったような笑みを浮かべてゆっくりと首を振った。まさか即答で断られるとは思わなかった私は思わず『えっ』と音を鳴らす。彼女は予想通りとでも言ったように眉を少し曲げて笑いながら、それでも視線は仇敵を追いかけてしまった彼を追いかけるように公園の入り口へと向けた。 「ちょっと、ひどいこと言ってもいいですか」 『ああ、うん、どうぞ』 「わたし、シズくんが今でもこの怪我のことを気にしてくれてるんだと思うと嬉しくなるんです」 それだけシズくんの中に深く深くわたしが根付いているんだと思うと、とても幸せなんです。この傷がある限り、いつか別の人を好きになっても、シズくんは一生その気持ちを忘れない。 傷が一生残るってことは、わたしはこれを見るたびにシズくんを思い出して、シズくんのことを一生忘れることができないってことでしょう? 傷がなくなってしまったら、こんなに愛しい感情、持てませんよ。 「だから、手術で消すことはしません。できません」 彼女は笑みを崩さない。あまりにまっすぐに言うものだから、私は困って何も言えなくなってしまう。新羅なら、新羅じゃなくても新羅の知り合いの医者にならきっとその傷を目立たなくするようにぐらいはできるだろう、そう思っ提案したことだったけれど彼女には余計なお節介だったようだ。 「いやー彼女は断ると思うよ」と人の好さそうな笑みを浮かべて言った新羅のことを思い浮かべる。自分の恋のために相手の想いすらも利用してしまうところや、こちらが何か言う余地もないぐらい、言っても聞いてはくれないほど一生懸命に恋をしているところなど、ネジの抜けかたが彼らはよく似ているのかもしれない。 あの時、肩を落として落ち込みながらココアを啜った友人の姿を思い出す。サングラスの奥の瞳をそっと細めて、もう一度彼女が治療しているであろう部屋に目を向ける。痛々しかったそれを胸に刻んでいたのかもしれないし、それと同時にいとしく思っていたのかもしれなかった。 少し納得のいかない部分はあるけれど、私が強制すべきところでもない。私はやれやれと、隣に座っている友人の恋人を見つめて、カタカタとPDAを鳴らした。 「セルティさんみたいな方が友人で、シズくんは幸せ者ですね」 『ああ、まあ静雄のこともそうなんだが』 「…?」 『私はさんのことも心配しているんだよ。大事な友人も、友人の恋人にも幸せになってもらいたいからね』 何処かずれた恋をしている彼女は、それを聞くと驚いたような顔をして、それから少し照れくさそうに笑った。よく笑う人だ。ちっとも、周りが見えていない盲目的な笑顔だった。 それからやがて申し訳なさそうな顔をしながら戻ってきた恋人に愛しい視線を向けて、そっとぼろぼろで躊躇いがちな手のひらに指を重ねる。 |