うつろうつろとなりながら瞼を上げると、さんの顔がドアップで映り込んでぎょっとした。鼻奥をくすぐるシャンプーの匂いだとか、近い距離にある柔らかい肌だとか、そんなものを感じるとかっと顔が熱くなり、一気に眠気が飛んでいく。それと同時に昨日の記憶がありありと甦ってきて、なんだか恥ずかしさを覚え、気休め程度に彼女から視線を逸らした。けれど、さんは俺の腕を枕代わりにしているようなので、仰向けになって天井を見るぐらいしかできないが。そんな俺の様子にちっとも気付かないまま、さんはぐっすりと眠っている。横目でみるとあどけない寝顔が擦り寄るように身じろぎをしていた。
 背中にそっと手を添えてみると、きめ細かい肌はするすると滑った。簡単に壊れてしまいそうな体に、こうして触れることに不安を覚える。実際、彼女の体は俺につけられた傷痕ばかりに染まっているし、きっと今日もあちこちに青痣が出来てしまっているのだろう。
 そんな傷を見つけるたびに、もうやめよう、離れようと考える。けれど触れたくて傍にいたくて、結局伸ばしてくれる手に甘えて掴まってしまう。馬鹿だな、こりねえな、と自嘲するけれど、何をされても変わらず許して、手を伸ばしてきて、あげくの果てにそっと慈しむかのように傷口に触れる彼女もとんだ大馬鹿だ。
 優しく触れながら、骨が折れたり砕けたりしてないことを確かめて、ほっと息を吐き出す。そのまま薄い腹を手のひらでなぞってみると、不自然なでこぼこに遭遇した。一番古く、大きなその傷口に、彼女はいつだって優しく、嬉しそうに微笑んで触れる。そんな表情を思い出しながら、ぎこちなくもどかしい気持ちで傷痕を包んだ。

「し、ずくん」

 名前を呼ばれ、驚いて顔を覗き込むと、いつもの無邪気な瞳は未だに閉じられたままで、なんだ寝言か、と嬉しいような寂しいような溜息を吐く。幸せそうに眠る顔を見たら、むくむくと広がる気持ちが抑えられなくなってきて、前髪越しに小さな額に唇を押し付けた。少しだけ罪悪感を抱きながら離れると、欲望は消えるどころか増大し始め、腹に添えた手も離す。
 理不尽な暴力をどれだけ目の当たりにしても、何も変わらず「シズくん」と呼んでくれたことがどれほど嬉しかったか、伝えたことはただの一度もない。気恥かしいから一生言う気はねえけど。
 大事にしたい、傷つけたくない、離したくない、ふれたい。
 上手く抱きしめることはできないから、今はまだ、こうして隣で眠ることを許してほしい。