シズくんは先ほど机を投げ落した場所にしゃがんで、荒れてしまった花壇を見つめていた。花壇の周りに落ちていたはずのガラスや、机は綺麗になくなっていて、誰かが片づけといてくれたのだとこっそり感謝する。潰された花はもとには戻せないけれど、被害を免れた花たちは上手に上を向いていて、これなら大丈夫だろうと安心した。 何があったかは知らないけれど、教室でキレてしまったらしいシズくんが投げた机は、窓ガラスを割り、外を飛び出してしまったのだ。幸いその机は誰にも当たることなく花壇に落ちたのだけれど、割れた窓ガラスの破片が丁度真下で掃除をしていたわたしにぶつかることとなった。咄嗟に顔をかばったものだから、怪我をしたのは腕だけで、実際先ほども言った通り見た目ほど痛いものじゃない。そこまで大きな被害でもないのだけれど、それでもシズくんを落ち込ませるには十分な材料だったのだろう。 シズくんと目が合うと、わかりやすく目を逸らされた。わたしの手の包帯にもきっと気付いている。少し俯いた横顔は、いつかのように泣きだしそうで、酷く嫌悪するように唇を噛みしめている。この顔を見るたびに、逃げられるんじゃないかと心配になってしまう。そして上手く害を避けている田中くんが羨ましくなる。 「シズくん、一緒に帰ろ」 わたしがそう声をかけると、シズくんは俯いたまま小さく首を振った。わたしが怪我をするたびに、シズくんはそうやって拒絶するけれど、そんな弱々しい態度で引き下がれるほどわたしは聞きわけがよくない。シズくんの隣にしゃがみこんで花壇を見つめる。シズくんは決してそれに触れようとはしない。わたしにも。 シズくんを怒らせてしまうことと同じぐらいに、シズくんの癇癪に巻き込まれてしまうことが多々ある。ばかなことをうっかり言ってしまうわたしも悪いのだから謝ることもできるし、怪我をしても自業自得だと言い切ることができるのだけれど。巻き込まれると、シズくんがこんな風にとことん落ち込んで、それに対してわたしから何も言いだせなくなってしまう。だって巻き込まれたのも本当で、全面的にわたしの自業自得とも言い切れないから。わたしが謝るのも、きっと正しくない。 田中くんのように見計らって逃げられたら、きっとこんなこと思わずにすむのになあ。今この場にいない彼を、そっと妬ましく思う。けれどきっとタイミングを掴めたとしても、わたしは逃げないのだろうとも思う。 「せんぱいは俺のこと怖くないんですか」 少しだけ慣れてきた敬語が小さく吐き出され、隣を覗くと視線はわたしの腕の包帯に釘付けだった。いつもそう。怪我をしたわたしよりも、させてしまったシズくんのほうがずっと痛そうに顔を歪めてる。 「ちっとも」 それは今まで色々な人に聞かれた質問だった。クラスメート、友達、先生、田中くん、それからシズくん。わたしがじっと不安げな瞳を覗くと、気まずそうに逸らされる。「嘘だと思ってるでしょ」わたしの言葉にシズくんがびくりと肩を震わせた。 それから、シズくんは少しだけ顔を上げると、小さく「怖くねえわけねえだろ、あんなもん」と自虐のように呟いた。信じてはくれないようで、けれどはっきりとした拒絶は見せない。金髪は相変わらず似合わないままのあどけない幼顔を視界に映して、わたしはやっぱり怖くない、と思った。怖いと思ったことがないと言えば嘘になる。これからも、そう思ってしまうことは何度だってあるだろう。でも、今のシズくんは、落ち込んで後悔して、弱々しく俯くシズくんは、ちっとも怖くない。 それに、本当に怖がっているのはわたしじゃなくてシズくんじゃないか。 そっと金色に怪我をしていない方の手を伸ばす。触れてしまうとそれはびくりと怯えるように震えた。そんなものには気付かないふりをして撫で続けると、シズくんがようやくこっちを振り向いて、目があった。 「怖くないよ」 何度もいうと嘘みたいだ。そう思いながら、がしがしとその髪の毛の感触を楽しむ。拒絶がないことに安心して、触れ続けた。 「…ごめん、痛かったよな」 後悔混じりの声がこぼれて、包帯の上からそっと手のひらが乗せられた。なぞるわけでも握るわけでもなく、ただ単に触れているだけの手のひらは暖かく、それがシズくんの精一杯だと気付いた時、わたしはどうしようもなくなって、誤魔化すようにまたがしがしと髪の毛を撫でまわした。 これだから、わたしはばかみたいに傍にいたくなるのだ。 「いいよ」 こんなちっぽけな怪我のことなんか気にしなくていいよ。傍に置かせてくれるなら、何度だって許すから。 |