例えばその小さな手のひらだとか。この間手をつなぐ時にうっかり力を込めすぎたせいで、真っ赤になって、後に青く染まっていたいたことなんて記憶に新しい。気付いてすぐ謝ると彼女は「シズくんと手をつなぐのが嬉しくて、ぜんぜん気付かなかった」なんて笑いながら許して、もう一度手に触れてくるのだ。 例えば脇腹に残されたままの傷だとか。俺のせいで一生消えない痕になってしまったそれを、服の上から慈しむかのように優しく触れる彼女を見ると、あまりの痛々しさにこちらの方が眉をひそめてしまう。俺が喧嘩に巻き込んだせいでついたというのにあの頃とまったく変わらない笑みをこちらに向けることに、嬉しさやら後悔やらがぐちゃぐちゃに混ざり合った気持ちが生まれてそれでもやっぱり彼女に向ける劣情のほうがあっさりと勝ってしまう。 ひとつ、ひとつと傷が増えていくたびに、謝って、許されて、慈しんで。酷い甘やかしたがりなのに甘えたがりなその腕を、今も手離すことができないまでいる。 「シズくん」 肩口に顔を埋めたまま、さんはそっと名前を呼んだ。鼻奥に掠めた彼女の香りや、耳に心地の良い音が頼りない理性を少しずつ崩壊させていくのを感じて、宙に浮いたまま触れることのできない手をぴくりと震わせる。視界に入る青黒い手首だけが、かろうじて理性を保たせていて、けれどもそれを気にしているのは俺だけのようだった。 さんは、どんな傷を負っても俺に対して態度を変えることがなく、こっちが戸惑ってしまうぐらい躊躇いなく触れてくる。触れるのが嬉しいとか、簡単に言ってしまう。痛みなんて他人事のように扱って、それなのにそれは自分のものだと主張して、決して誰にも譲らない。我侭で貪欲で、甘えさせたがり。 「さん、手首、痛くないですか」 「え? ああ、…うん、痛くないよ。それに怖くない」 言いながらそっと固まったままの右手に触れる。暖かく柔らかい感触に心臓は暴れ回り続けているのに、それを握り返すことはできない。また同じ痣を、一生消えない傷を作ってしまったらと考えると動けなかった。一度触れてしまうと止まらなくなりそうで、するといつか壊してしまいそうで、けれど触れたくて、抑え方もわからずどうすればいいかわかんねえんだ。 じれったくなったのか、不意に俺の手を強く掴んだと思ったら体に思い切り飛びつかれた。勢いよくぶつかってきたそれは簡単にベッドの上に倒され、首元には細い腕が巻きついたところでようやく抱きしめられていることに気付く。「さ、」まずい、と脳内で警報が鳴る。むくりと起き上がってこちらを見下ろした彼女の顔があまりに近くて、思わず息を呑んだ。 「ほら、怖くない」 指を絡めながら笑ったさんの瞳が、優しく傷口をなぞる彼女と重なり、気付いたら我侭ばかり押し付けるその唇に噛みついていた。食い尽くすように身を乗り出して、やがて今度は彼女の体がぽすんとベッドの上に転がる。渇いた喉を潤すように首元を吸うと、空いている手のひらがシャツを握りこんできて、情欲を煽らせるばかりだ。 「さんが悪い。俺はもう知らねえぞ、さんが怪我しても嫌だって言っても、止めてやんねえ」 「うん。……うん、よろこんで」 子供のような独占欲と、大人のような劣情と、それから痛みばかりを伴う愛情ばかりを混ぜこぜにして全部彼女のせいにする。 だから、責任とって俺のもんになってください。 |