「ってさ、静雄と付き合ってんの?」 田中くんのあまりに突然すぎる言葉にわたしは二、三度目をぱちくりさせた。どっからそういう発想が出てきたんだろうと首を傾げながら、ちがうよ、と否定を紡ぎだす。すると田中くんは意外そうに「マジでか」と先ほどのわたしと同じようにぱちぱち瞬きをした。…マジですよ。 「けど、お前ら傍から見てっと付き合ってるようにしか見えねえぞ」 「そうなの?」 「そーなんです」 「ううーん、でも、そういうんじゃ、ないんだけどなあ」 「でもは静雄が好きだよな」 「えっ」 再び落とされた爆弾に、先ほどまで綴られていた文章がピタリと止まり、ぽきっとシャーペンの芯が折れた。頭の中が真っ白になって、田中くんの言葉と今まで書いていた文章がぐるぐると動きまわる。途端に熱くなるほっぺたを手のひらで隠すように覆い、恥ずかしさのあまり俯いてしまう。 田中くんは、そんなわたしの様子を楽しむかのようにからかいがちな視線をちくちくと突き刺した。それを恨めしく思って睨みつけると、悪い悪いと軽い謝罪が返ってくる。ますます恨めしい。 「な、んで、ばれたの…」 恥ずかしさのあまりに顔を隠しながら呟くと、田中くんは「そりゃあなあ」と苦笑した。視界の端で田中くんの指先によってシャーペンがくるくる回っているのが見える。いつも思うんだけど、あれってどうやってるんだろう。 はあ、と息を吐くと、もうどうでもいいやという気分がわたしの中に舞い込んできた。隠しているつもりはなかったわけだし、少し気恥ずかしいけれど、こうなったら腹を括ってしまおう。 と、顔を上げて再び日誌に取りかかろうとしたところで外からなにやら騒がしい声が聞こえた。なんだろう、と窓の外へと視線を向けたら「ふざけんじゃねえええ」というシズくん独特の重低音が響いたのでわたしの心臓はむくりと起き上がる。校庭の方でずごんばこんと大きな物音が振動を立てて、今日もシズくんは元気だなあと穏やかな気持ちで姿は見えない彼を眺めた。「今の、」ふと、田中くんの声が耳のうちを響かせたので、振り返ると穏やかな視線ががちりと合った。 「今のその顔とか、そういうところがわかりやすいんだよな」 「……そんなに顔に出てる?」 「出てる。だからまあ、がんばれ、片想い」 ぽん、と優しい言葉と共に手のひらが頭の上に乗せられたかと思うと、それはぐりぐりと動かされて、髪の毛をぐしゃぐしゃにされてしまった。見上げると、田中くんがニッと口端を上げて笑っていて、「田中くんのそういうところ好きだなあ、」と思ってしまう。するとわたしの頭の上を這いづり回っていた手のひらがぱっと離れた。田中くんは一瞬ぽかんと口をあけて、先ほどの手のひらを自分の口元へ持っていき、覆い隠すようにしてから顔をそむけてしまう。 「お前さ、あんまそういうこと、言わねえほうがいいぞ」 意味がわからなくて首を傾げると、「あーいや、うん、なんでもねえ。それより早く書かねえと、帰れねえぞ」と机の上に広げられたまま進まない日誌を指さす。誰のせいだと思ってるの、と文句を垂れながら、わたしは日誌の今日の感想部分に「今日は、田中くんが仕事をしませんでした」と付け足した。 シズくんのことを考える。痛いのも怖いのも嫌だけど、彼の暴力によってつけられた傷を一生忘れたくないとも、一生消えないでいてほしいとも思う。けれど、その傷をつけるたびに泣きそうなシズくんの顔も浮かべて、笑ってほしいと願ったりもする。それから、そんなことを考えるわたしを傍に置かせてというエゴも受け入れてほしいと押し付ける。 たぶん、きっと、自分勝手に恋してる。 |